若田部昌澄『解剖 アベノミクス』

 アベノミクス本三本の矢(本書、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、高橋洋一アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる』)のまずは一冊目。出版は一番新しいですが。

 まずあとで触れる片岡本もそうだが、経済学の基本中の基本をまずわかりやすく解説して、その上で、アベノミクス自体の説明に入っているのが特徴的だろう。そして経済問題を解決する経済政策を3つの軸(経済成長、景気の安定化、所得再分配)でとらえ、その相互のバランスや、政策上の意義を評価していきます。これも標準的なことですが、しばしばというかほとんど忘れられていることなので重要です。

 アベノミクス(大胆な金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略)について順に解説していきますが、アベノミクスの最大の特徴を大胆な金融緩和に求めます。上記の三冊すべてに共通していますし、それは妥当だと私ももちろん思います。

 アベノミクスの大胆な金融緩和とリフレ政策とし、なぜリフレ政策が必要か、その理論的基礎は何か、ということを初歩的なレベルから解説しています。簡単にいうと、クルーグマン的な発想がキーですが、1)デフレでゼロ金利ではマネーをただ単に供給するだけでは効果ない、2)デフレ予想を転換し、インフレ予想を醸成する。そのためのインフレ目標、3)これでも不足ならば財政政策を補助的に行う(投資減税など)、である。アベノミクスの第一の矢はこの1)と2)に依存している。

 その上でインフレ目標政策日本銀行による過去と現在の評価と実際が整理されています。またインフレ目標政策への批判として吉川洋らがあげられていますが、吉川説(名目賃金上昇⇒デフレ脱却)は、時間順序がおかしいと批判します(高橋洋一、上念司さんらはタイムマシンにのらないと吉川説は無理と辛辣に批判しています)。伝統的な見方では、マネー→予想インフレ率の変化→賃金や物価への影響がみられるのです。

 また最近問題になっている国債長期金利の上昇問題については、日本銀行がまだ白い日銀だったころのレポートをひいて、2%程度の金利の上昇はほとんどリスクがなく、また長期金利の上昇には時間がかかるので、その間地銀などの資産選択の余裕や、また財務省が期間の多様な物価連動債を発行してインフレリスクをヘッジする可能性を指摘しています。上念本にもあったように物価連動債の新規発行を含めて財務省の取り組みが急務です。

 ハイパーインフレ、通貨安競争、バブルといったリフレ政策批判の「定番」にも丁寧でわかりやすい解説を試みています。

 さて第二の矢、財政政策ですが、財政政策の意義と種別を丁寧に解説したあとで、その一部である公共事業についての評価があります。財政政策の乗数効果は1に接近中。公共事業は土木・建設業の供給能力の制約があり、財政政策としての効果に疑問である。

 第三の矢の成長戦略については、イノベーションや産業政策についての批判的な評価が中心です。

 この第三の矢関係で注目するトピックスはやはりTPPで本書でも章をわけてとりあげられています。

 面白いのはやはり中野剛志氏の『TPP亡国論』をめぐる議論でしょう。本書の中でも最も熱さを感じさせる部分ですw。

 まず中野氏の議論を5点に整理します(以下よりも丁寧なまとめが本書にありますのでぜひ参考してください)
1 自由貿易が経済成長に結びつく証拠はない。
2 いまの課題はデフレ脱却。為替の変動で日本の価格競争力は左右されてしまう、内需主導をめざせ
3 TPPにより国内雇用喪失でデフレ加速
4 穀物の対米依存は戦略物資ゆえ危険、農業には水資源守るメリットあり
5 戦略的思考重要。中韓が加わるまで待つべき。TPPはアメリカの戦略で、米国はドル安で「近隣窮乏化」をすすめ、関税引き下げで輸出拡大を狙うためにだけにTPP利用。

 若田部さんの反論の概要は以下

1 自由貿易と経済成長は(因果関係は断定できないが)相関している。TPP利益はモノだけでなくサービス防疫にも発生し、中野氏のように関税率引き下げだけに焦点をあてるのは妥当ではない、非関税障壁撤廃が重要。さらに米国だけが利益をうけないように貿易構造がそもそもなっている。米国輸入拡大→日本の資本財をもとにしている中国、アジア諸国の貿易拡大→日本にも大きな恩恵

2 内需と外需をわける合理的根拠がない。

3 自由貿易がデフレをもたらすことは端的に間違い。さらに中野氏はデフレ脱却に金融政策単独ではきかないとしている。これはリフレ派との大きな違い。また現実的にもいまの日銀のリフレ政策は為替レートや株価に影響をあたえ、為替レートに影響を与えているということは物価(少なくとも現状ではインフレ期待)に影響を与えていることは明白。ちなみにドル安でも円安で中野氏のように「近隣窮乏化効果」は間違い。他国が自国通貨安をとれば、日本も金融緩和で雇用の最大化をめざすだけ。他の国も雇用最大化を達成すればその段階で緩和は終わる。無制限な緩和競争=隣人窮乏化的な通貨安競争はない。

4 なおさら貿易自由化も否定すべきではなく、多様な戦略物資のルート開拓、新資源の開発などをすればいい。TPPを否定する根拠としてはずれている。

5 中野氏は米国と距離をおくが、特に中国との戦略的関係が不透明。

さらに結論部分では、アベノミクスの問題点(所得再分配政策の間違いや不十分さの指摘)をあげ、また海外情勢のリスクなどを指摘しています。 

解剖 アベノミクス

解剖 アベノミクス

古谷経衡『ネット右翼の逆襲』

 頂戴しました、ありがとうございます。

 まず本書は、

1 ネット右翼=秋葉的オタク×底辺層 のようなイメージが誤りであることを、自身のホームページでのアンケート調査から論破。
2 「保守」と「ネット右翼」をわけて考える人たち(アンケート調査での多数である自身を「保守」と考える人も多く含む)は、「ネット右翼」を「嫌韓」を中心としたレイシズム的な発言と等値している。しかし古谷さんによれば、そのような「保守」と「ネット右翼」を「嫌韓」で区別する二分法は疑問であるという。
3 「嫌韓」自体は、戦後の保守と区別されるべき、独自の思想的・政治的な文脈で、今日有意義であり、それはレイシズムではない。

という感じだろうか。率直にいって議論が粗い。無作為抽出を低評価し、自身のHPを見る人たちのバイアスに無頓着(というかむしろバイアスを肯定している)ところが1の問題点だろう。ただしそのアンケート調査の結果は大阪大学の同種の調査を比較できるので、読者は注意すればバランスのいい読書はできるだろう。

2と3だが、「嫌韓」というひとつの国、もしくは個々の組織や個人を対象にする好き嫌いをベースにした思想や政治的な戦略には率直にいって共感を抱けない。もし戦後保守が「好韓」をベースにしていても同じことがいえる。

本書はまた「嫌韓」の政治的・思想的な地位を高めるあまり、ネットでも日常的にみかける「在日だからだめだ」「韓国だから嫌いだ」的な発言(これをレイシズム的以外のなににたとえればいいのだろうか??)という発言や行動のもたらす問題性があやふやに本書ではなっていると思う。

ネット右翼の逆襲--「嫌韓」思想と新保守論

ネット右翼の逆襲--「嫌韓」思想と新保守論

上念司『「アベノミクス亡国論」のウソ』

 これは面白い! メガワロタ。たぶん上念さんの最高傑作でしょう。身内ぼめの必要一切なし! 読めばわかるけど

1)実名をあげた「国家破産本」批判
2)心配性すぎて150年に一回の日本破綻が明日にでも起こると考えてる人への資産防衛術

という話題が、そもそも1)も2)にも共通する(まともな経済学や常識からの判断からすれば)ネタとしか思えない部分を、真剣な顔して論じていきます。その「真剣な風情」が面白い! ユーモアありすぎw

 何度も声出して笑った。その辛辣な批評と「おちょくり」感覚の裏には、きちんとした指摘がまんさいだ。特に心配性な人のための資産防衛術を読み進めていくと、いまの日本がいかに何重ものルールで破たん的な状況から守られていることがわかる。例えば本書では、ハイパーインフレが起こらない日本での条件として、議会民主主義、インフレターゲット、物価連動債(これの新規追加発行は急を要する)が提起されている。

 本書で批判の対象となっているのは、野口悠紀雄藤巻健史小幡績らだ。アベノミクスについての巧みな解説ももちろんついているし、小ネタで志人さんやスガダイローさんの名前まででてきて(もちろん好意的文脈で)微笑を誘う。

 リフレ派エンターティナーといえる一冊。面白すぎる。

村上尚己『日本人はなぜ貧乏になったか?』

 村上さんの最初の著作は、「なぜ日本はこうまで停滞し、生き方がぎすぎすし、そして多くの人が自らの生活をしんどいものとおもうようになったのか」という疑問に取り組むリフレ派(デフレを脱却し、低インフレをもたらす政策を支持する人たち)の考えをきわめて一般の人たちにわかりやすく解説していることで非常に反響をよびました。

 感想をブログに書いて応援せねば、と思う必要もなくあっという間に売れてしまいました 笑。本書でもっとも僕が読んでいてなるほどと思ったのは、「おわりに」の部分にある村上さんの問題意識がどうして生まれたのか、です。多くのリフレ派がそうだったように、おそらくまわりに同じ問題意識やその処方箋を共有している人はほとんどいなかったでしょう。その孤立の中で鍛え上げられていく思索の道のりがよくわかります。この部分は多くのリフレ派の共通するマインドではないでしょうか? ぜひ何度も読んでほしいとことです。

 村上さんのようにリフレ政策の効果と、いまの日本経済の状況をわかりやすく啓蒙してもらえるリフレ派がまだ増えることを祈っています。

日本人はなぜ貧乏になったか?

日本人はなぜ貧乏になったか?

『POSSE』18号「ブラック企業対策会議」

 ブラック企業特集は本誌の特徴になったようです。ただすでに「資本主義経済は原則、ブラック企業である」みたいな論調もでてきて、なんだかなあ、の側面もあるのは事実です。そんな中でますます本誌の論壇誌としての意義が問われていくのではないでしょうか。まあ、相変わらず雇用問題を論じていてもマクロ経済問題は原則無視ですが 笑。

POSSE vol.18: ブラック企業対策会議

POSSE vol.18: ブラック企業対策会議

finalvent『考える生き方 空しさを希望に変えるために』

 大変お礼が遅れました。ありがとうございます。finalventさんのTwitterでの発言を目にするとしばしば、50歳すぎてからの人生観にふれる機会がありましたが、本書はその集大成という感じでしょうか。特に後半にその50歳すぎの人生観、学習への態度がするどく書かれています。

「自分そのものが体験の歴史になってきた」

 まさに僕が最近、思っているのがこれです。こういう感慨を同世代に近いもの同士が抱いているということは、一面では老化特有の現象でしょうけど(笑、他方で社会的にみれば、ようやく少しは冷静に何者かを社会に提供できる準備が整ってきたということなのかもしれません。

考える生き方

考える生き方

井上智洋他『リーディングス 政治経済学への数理的アプローチ』

 現代の主流派経済学で貨幣をいれた分析をするのはかなり面倒な作業です。それに加えて、この貨幣的分析で、長期デフレ現象や雇用市場の「総需要不足」的現象を合わせて説明するとなると、ハードルはさらに高いでしょう。本書に収録されている井上さんの貢献はその困難な理論的解明への努力です。いま井上さんとは共同作業をしているのでその成果もお待ちくださいw

リーディングス政治経済学への数理的アプローチ

リーディングス政治経済学への数理的アプローチ

『ユーロマンガ』第8号

 名作『ムチャチョ』のエマニュエル・ルパージュの力作『悪なき大地』を冒頭に収録し、今回もハイ・クオリティな作品を多く掲載しています。まもなくバンド・デシネの日本で最初の特集本も出るようですが、そこでも僕は本雑誌の意義を強調するコメントを寄せました。今号は創刊号から連載していた『ラパス』がついに完結! 足かけ5年の偉業達成ですね。おめでとうございます。僕も環境がだんだん整備されてきたので、またバンドデシネというかフランス語 笑 の勉強に精を出したいと思います。

ユーロマンガ8号

ユーロマンガ8号