切手収集と経済学者:個人的回想と私的読書ガイド

*もとのエントリーでは、人物切手部会を休止としてしまいましたが、いまも日本人物切手の会として活動されていました。とんだ誤解をしてご迷惑をおかけしました。

サイト:

http://elestamp.o.oo7.jp/Person.htm

 

切手収集(フィラテリー)を46年ぶりに再開して四か月くらい。まだ初心者もいいところだが、初心者なりに参考にしている書籍などをご紹介。

 

切手収集は知的な趣味であるな、と個人的には思っているし、あと指先の器用さと記憶力などを鍛えるので老化の予防にもなる 笑。きがついた点としては、女性のコレクターが増えたな、という印象がある。

 

もともと再開した動機は、自分の人生も後半戦に入り、亡くなった母親が集めていた切手を引っ越しのときに紛失したか処分してしまった過誤を償うことにもある。それほど希少なものはなかったのだが、それでも子供のころに見せてもらった記憶が残っていて、それを集めなおすことがそもそもの目的であった。

 

母親の収集したものは記憶にあるかぎりすべて集めなおすつもりで、収集の穴埋めもするつもりだ。日本切手だけなのでこれについては特に参照した本もなく切手商のHPをみたぐらいである。もちろん内藤陽介さんの日本の切手についての諸著作はこの20年近くずっと読んでいるので今日の話とは別枠である。あと10年近く前に、内藤陽介さんと深田萌絵さんと僕という濃いメンツで切手の博物館で、スウェーデンの切手を購入したことがあるがこれも今日の話とは関係ない。

 

この延長で収集熱に火が入り、いまの自分の収集の範囲は、沖縄切手、浮世絵切手、そして最も力を入れているのが、マルクスレーニンの切手である。それに付随して過去に日本の経済学者たちが書籍で言及した切手すべてを対象にしている。具体的には、脇村義太郎、鈴木鴻一郎、杉原四郎らである。

 

また自分オリジナルとしては「アイドルやタレントと切手」をモチーフにして収集もしている。これだけ書いてもかなりの範囲だが、それでもそんなに高額のものを対象にしていないし、また子供のころはとても関心があったすり色の違いとか、消印とかすかしだとかそういうものには、今回はまったく関心がいかない。

 

収集の基本書は海外ではスコットやギボンズなどだろう。子供のころはギボンズを親に買ってもらって長く使っていたが、これも大学のときに処分してしまった。思い入れがあるのでギボンズをいま注文しているが、ネットでも十分に切手の情報が入るので現在はそれほど必備とはいえないと個人的には思っている。

 

まず母親のコレクションを復元していく過程で、日本の浮世絵切手を集め始めた。これは高橋誠一郎の浮世絵と経済学についての専門論文を書いたことがあるので、それの関連で集めやすかった。日本の浮世絵切手については、稲垣進一氏の『日本浮世絵切手総図鑑』(日本郵趣出版)が網羅的で便利である。なによりも前頁カラーなのがいい。日本の浮世絵の簡潔で丁寧な解説にもなっている。あとまだ未読なのだが、海外で出た浮世絵についての専門論文があるようなのでこれも今後参照にしたい。

 世界の浮世絵切手については、森下幹夫氏の「世界の浮世絵切手」「続・世界の浮世絵手」(それぞれ『切手の博物館 研究紀要』7,8号掲載)がある。未読。

 

経済学者の切手収集というと、僕はやはり杉原四郎先生である。杉原先生からは生前、たまに切手についてのエッセイを頂戴していた。これは人物切手部会の会報に書いたものだろう。あとなぜか見当たらないのだが、蝶切手についての原稿も頂戴した記憶がある(記憶間違いの可能性がある)。たまに僕がこれだけマルクスレーニン切手にのめりこんでいるのを知ったら、どんなに杉原先生と話題で盛り上がったろう、と思う。人間はなぜ死んでしまうのか、本当につまらないことだと思う。

 

杉原先生の切手に関する単著は『切手の思想家』(未来社)であり、これはいまも僕の収集の基準である。この本の冒頭に紹介されているスウェーデンで出たF.アルゼニウス編『万国切手人物伝記辞典』(1927年)が原書のタイトルがわからず、いまだどんなものかわからないのが残念である。杉原先生には他に『読書灯篭』などの切手にふれたエッセイを収録した書籍や、また著作のいくつかにマルクスの切手などを口絵に利用していて楽しめる。

切手の思想家

切手の思想家

 
読書燈篭

読書燈篭

 

 

鈴木鴻一郎の『「資本論」と日本』や『資本論徧歴』もマルクス切手の収集には必備である。これには鈴木の「マルクス切手」の定義もあり参考になる。

資本論徧歴

資本論徧歴

 

 

あと人物切手の収集のお供になるのが、1958年発刊という古いものだが、三井高陽『切手の鑑賞<人物篇>』(教養文庫)である。むしろ古いということがこの本の価値をものすごく高めている。なぜならこの本で高い評価を与えられているものは、今日では名品といわれる切手の数々であり、特に美しく精緻な凹版切手が多く収録されている。とても重宝している一冊である。持ち運びも便利。三井氏は交通史の研究者であり、いわば経済学者の縁戚だがw、彼の『独逸インフレ切手概説』(切手研究会版 1956)もドイツのハイパーインフレ期がどんなものだったのかを切手を通じてビジュアルに理解できるいい本である。

切手の鑑賞人物篇 (1958年) (現代教養文庫)

切手の鑑賞人物篇 (1958年) (現代教養文庫)

 
独逸インフレ切手概説 (1956年)

独逸インフレ切手概説 (1956年)

 

 さて脇村義太郎はかなりの巨峰である。彼の趣味人としての範囲と見識は深く広い。石油産業という切り口でいろいろな趣味の領域を切った『趣味の価値』(岩波新書)は歴史的な名著だろう。復刊されないのが不思議である。ここの収録された「国際的商品としての切手」は、ここ最近、杉原先生の『切手の思想家』、三井の人物本と並んで、僕の収集の基準になっている。

 

脇村を通じて、スエズ運河国有化前後のエジプトの切手、フランスやモナコなどの美術手への関心や、また石油産業の切手への関心も芽生えた。

趣味の価値 (1967年) (岩波新書)

趣味の価値 (1967年) (岩波新書)

 

脇村に刺激されて集めているスエズ運河国有化、スエズ戦争、国有化成功の一連のエジプトによるプロパガンダ切手で、僕が持っているもの。

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 ここらへんの戦争、クーデター、あるいはヤバい国への関心は内藤陽介さんの一連の著作から影響をうけていることは間違いない。内藤さんの著作についてはここでまとめたことがあるし、また今回の収集熱でもいろいろアドバイスを頂戴して感謝してもしきれない。

 

ところで脇村の石油関係の切手の話をさらに本格的に発展させた著作が、森井英孝氏の『切手で見る石油130年のドラマ 発展と功罪』(松竹石油株式会社、平成4年)である。これも全編カラーで石油産業の展望になっている傑作である。ただし希少本でたまたま入手できた。まだ石油切手への収集熱は生じていないが、いくつかは集めたいな、と思っている。

森井氏のHP 

http://petro.server-shared.com/profile.htm

 

脇村の本にはその当時の切手発行のトレンドとして石油切手とまた絵画切手が注目されていた。戦前のスペインで発行された裸のマヤ、チェコで発行されたピカソゲルニカ、そしてフランスの美術切手などが話題になっていた。これらはだいたい集めた。

ただそれだけだとコレクションに潤いがないので自分からみて美的にレベルが高い切手を収集してみることにした。

その際には以下のJPS絵画切手部会の「絵画切手ベスト50」は収集に役立っている。

http://yushu.or.jp/info/academic/BEST50pdf/Kaiga50.pdf

 

三井の本には凹版切手が多く収録されていて、また10年前にスウェーデン切手を単にお土産用に買ったときも自分が選んだのは、何の知識もなかったのだが、ほとんどが凹版切手だった。そういうものに魅かれるのだろう。 

 

加藤郁美氏の『切手帖とピンセット』は、50年代から60年代にかけてのラオスモナコなどの切手への理解を得、興味を刺激された。また凹版切手の知識を得ることができる。荒俣宏氏らのエッセイも知的な刺激をうける。

 凹版切手については以下の本をいつか購入したい。高いので後回しである 笑

The International Engraver's Line

The International Engraver's Line

 

さて、「アイドルやタレントと切手」というテーマです。

テレジアの鈴木花純さんをテーマにした聖と俗の二面性からの「テレジア」の名前がついた女性切手。これについてはこのツイートを参照。

https://twitter.com/hidetomitanaka/status/1059759512729477120

現在は、はるかぜちゃんと踊るヴァイオリニストRiOちゃんをテーマにして集めてます。

後者については、『切手が語るヴァイオリン』や『四角い500の旅人たち』という音楽切手の書籍が便利。

現状はこんな感じで、ちょっと踊る要素が不足しているけど、バイオリン切手は美しいものが多い。

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切手が語るヴァイオリン

切手が語るヴァイオリン

 

 

切手をプロパガンダの視点から分析するには、やはりマルクスレーニンの切手は最適なもので、国際的な広がりを楽しめる。

日本では内藤陽介さんが意欲的に郵便学的手法で、政治と切手の関係など多角的に分析えていて僕も影響をとてつもなく受けている。特に『マオの肖像』や『北朝鮮事典』はいまでも再三参照にしている。北朝鮮の切手はデザイン的には凡庸(以下)で楽しめないのだが、マルクスレーニン切手を集める過程でかなり手元で収集量が膨らんだ。後者をもとに整理してみたい。また政治的プロパガンダでいえば、最近の米朝首脳会談前後の切手はまさにそれに該当する。会談場所になったシンガポールも営利根性を発揮して郵政民間会社が切手帖を出したりもしている(写真上)。韓国の南北首脳会談切手は、内藤さんが指摘されたように北朝鮮ぽくて、いまの韓国の内政の雰囲気も伝える(写真下)。

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マルクスレーニン切手のプロパガンダ研究はなく、いまそれを準備している。なおスターリンについてはすでに存在していてかなりレベルが高い。そしてプロパガンダとしての切手の研究は、内藤さんが国内では知られるが(その他にもいらっしゃる)、海外ではかなり研究がそれなりに昔から出ているようだ。すべて英語文献なので詳細は控えるが、近刊では以下の本に注目している。まだ手元にはきていない。

The Race to the Moon Chronicled in Stamps, Postcards, and Postmarks: A Story of Puffery vs. the Pragmatic (Springer Praxis Books)

The Race to the Moon Chronicled in Stamps, Postcards, and Postmarks: A Story of Puffery vs. the Pragmatic (Springer Praxis Books)

 

 沖縄切手は僕が子供のころに日本への復帰で、沖縄切手が投機的ブームになった。そのときに投機のシンボルとなった守礼門切手はいまは大暴落していて手軽に買えるレベルなっている。ガルブレイスではないが、バブルがきたら「伏せろ」という態度でスルーが一番だろう 笑。ただ当時、それで沖縄切手に関心をもち、さらに日本の戦前戦中の切手、占領地切手、満州国の切手にも関心をひろげた。いまはマルクスレーニン切手主義で、切手左翼だが 笑 子供のころは愛国切手少年だったのかもしれないw。まじめにいえば、沖縄もそうだが、日本の現代史(満州含む)については切手でその知識を増やしていった。

 

話を戻すが、沖縄切手についてはこの本が決定版であろう。ただ僕はそれほどガッツをいれてないので、これもふつうにコツコツ集めている程度である。

沖縄切手総カタログ: 本土復帰45周年記念

沖縄切手総カタログ: 本土復帰45周年記念

 

 こんな感じで収集を展開している。