日本経済新聞の記事での「経済学界」は、日本の経済学界を代表してはいない。多様性が日本の経済学の特徴だ

 あまりにも酷いレベルの記事なのでここで紹介。
「かき消される進言 経済学界、安倍政権と溝 増税延期2度のトラウマ 」という日本経済新聞の記事である。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGH07H1I_X10C16A8EA1000/
記事の前半の労働市場改革でも、“日本”の経済学会で合意なんかまったくできてない。そもそも日本経済学会が日本の経済学の学界を代表してもいない。日本の経済学はいい意味でも最悪な意味でも(笑)、その多様性にある。

 記事での大竹文雄さんやましてや後半の土居丈朗氏をあたかも「経済学界」の代表者とする記事はそれ自体ミスリーディングでしかない。

 さらに「財政再建」という増税=緊縮主義が日本の経済学会のメインであるかぎり、単に現実の前に虚構(日本経済学)が敗北しているだけだろう。

 実際に2014年の消費増税を不可避とし、その景気への影響は軽微としたのが日経新聞や「経済学界」の大半の主張だったはずだ。いまはその悪影響をまったく無視(日本経済新聞はこの反知性的な態度でほぼ一貫しているし、多くの経済学者も同様である)しているが、その「予測」の外れ方は尋常ではない。そんな人達を政策レベルで信頼すること自体が良識的にありえないだろう。

 ところで上記の日本の経済学の多様性がなければ、日本は経済政策においてリフレ政策を採用することもなく終わっただろう。(多様性がなければ)いつ果てるかもしれない、構造改革財政再建の大合唱(もう20年以上続いてるがさっぱり成果がみえないもの)の中で日本が沈下していくだけだったろう。

 日本における経済学の多様性は一面では米国中心の経済学の動向には遅れているかもしれない(ただし世界全体ではわからない)。ここらへんの問題をバランスよくみるためには、以下のエントリーや書籍などを参照されたい。

関連エントリー:浅田統一郎「「経済学の多様性」をめぐる覚書ーデフレと金融政策に関する特殊日本的な論争に関連させて」『経済学と経済教育の未来』http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20150502#p1
以下のいくつかの書籍は、日本の経済学の多様性を教育制度の面からみるうえで有用。

経済学と経済教育の未来―日本学術会議“参照基準”を超えて

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経済学教育の西東

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来るべき経済学のために: 橘木俊詔 × 根井雅弘 対談

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経済学者、未来を語る: 新「わが孫たちの経済的可能性」

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グローバル・エリートの条件

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