薄商い市場の経済学:フィールドワーク編

『電気と工事』2016年6月号掲載の元原稿(実際の掲載のものとは異なります)

 前回は、薄商い市場(thin market)という、顧客の数が極端に少ないときには、あまり市場がうまく機能しない現象を説明した。わかりやすくいうと、顧客のわがままや気まぐれに大きく売り上げが左右されてしまう現象である。今回は、薄商い市場の実例をあるアイドルに焦点をあてて、一種のフィールドワーク的に説明を深めていきたい。

 今回、「薄商い市場」の実例としてとりあげるのは、アイドルグループの赤マルダッシュ☆だ。赤マルダッシュ☆は、俳優の武田鉄矢(以下敬称略)がプロデュースし、また東洋水産マルちゃん赤いきつね緑のたぬきのCMとの連動で有名なアイドル四人組だ。実際に武田がどれくらいプロデューサーとして関与しているかは知らない。CMの中だけの設定なのか、それとも本格的に要所はしめてる感じなのか。いずれにせよ、赤マルダッシュ☆は、所属事務所のオスカープロモーションが手掛けてるもうひとつの代表的なアイドルグループX21同様に、ビジュアルに優れた、また十分なレッスンを積んでいるだろうレベルの高いアイドルである。

 メンバーは、リーダーの北澤鞠佳(イメージカラーは赤)、玉城茉里(同緑)、川村彩花(同黒)、大西菜友(同白)であり、それぞれが東洋水産の食品のイメージカラーとも連動している。例えば、私見ではグループ一の美女である玉城は、緑のたぬきそばに対応したイメージであり、それゆえ衣装も緑色で統一されている。また彼女たちのキャラクター設定は、食べドルという性格を与えられている。つねに食べることがテーマとして採用されているわけだ。例えば、最新のCDに収録された表題曲「アナザーユー」(日本コロムビア)のプロモーションビデオでは、彼女たちがダンスを披露する場所は高校の学食であり、踊っている横では学食のスタッフのおばさんたちが黙々と仕事をしていたりする。

 日本のアイドルの特徴のひとつに、食をテーマにするもの(歌や企画など)が多いことがあげられる。その中でも彼女たちほどそのテーマに忠実なグループはまれだろう。もともとのキャラ設定が東洋水産マルちゃん赤いきつね緑のたぬきのCMに沿っているためもあるが、例えば今回の「アナザーユー」にはうどん盤とそば盤があったり、カップリング曲「伝統のDASIと情熱のDASHの間」の歌詞では、「うどんは五分、そばは三分」が復唱されていて面白い仕上がりだ。そもそも彼女たちのファンのことを「食べ友」というのも調味が効いている。

 私が彼女たちに今回、特に興味を持ったのは、東京アイドル劇場の主宰でも知られるノトフが、リーダーの北澤鞠佳のつぶやきをリツイートしてきたためだ。

赤マルダッシュ☆の現場は今全く荒れていません。過去に荒れていたかもしれませんが今はとても優しいファンの方々に支えられています。『あ、あの荒れている現場ね。』という言葉がすごく悔しい。一度でいいから確かめに来て欲しいです。私達のパフォーマンスを楽しい現場を見に来て欲しい。」

というのが北澤の発言全文であった。

 赤マルダッシュ☆は、デビュー当初に、文化放送冠番組を持っていた関係からか、よく浜松町近辺でメンバーがチラシを配っていた。私の知り合いのファン(なるべくアイドルオタク、ドルヲタという表現は使わないようにしたい。例外はあるが)が、最年少メンバーで当時中学三年生だった大西菜友を目当てにその様子をSNSで流しているをみたり、または前述のCMや動画などで彼女たちのパフォーマンスをみるくらいが私の関心のすべてであった。さらにだいぶ前になるが、やはりSNS上で、赤マルダッシュ☆の現場がファンたちの行為によって荒れているという発言を目にするようになった。荒れる現場はいくつもあり、その噂もいつの間にか流れてしまったのだが、残念なことに私の記憶にも「赤マルダッシュ☆=荒れてる現場」という硬直した公式が根付いてしまったのは否定できない。

 そこにこの北澤のツイートはこのなんの根拠もなく固まった私の方程式を揺るがすには十分だった。しかもメンバーのブログをみてみると、玉城茉里が激白ともいえる調子で、いまの現場の素晴らしさ、私のように固定観念をもつものたちに「真実をみに現場に来るべし」というべき趣旨の文章を書いていた。大きな事務所とスポンサーが背後にあるアイドルとしては、稀有なくらい激情をともなう熱いメッセージに思えた。俄然、興味がわいた。

 ところでこの連載の前号でも書いたが、ライブアイドルの現場の多くは薄商い市場という特徴を持っている。詳しくは同書を読んでほしいが、ファンの数が限られていることで、たったひとりのファンの行動や発言さえもその個別のアイドル市場を揺るがしてしまう(=ボラテリティが大きい)。今回の赤マルダッシュ☆が噂として否定している現象も、この「薄商い市場」に伴うものだ。

 さて私が行った現場は、渋谷のタワーレコードで行われた先のCD発売に伴うリリースイベントだ。ちょうど発売の前日、現場のジャーゴンでは「フラゲ日」(正式な発売日よりもフライングでCDがゲットできる日)にあたる。

 会場では、主に男性の観客(年齢層は幅広い)と少数だが女性客からなっていた。先に結論を書くと、荒れてる要素はまったく感じない、ファンとメンバーが楽しく交流できる場だった。もちろんタワーレコード内ということもあるが、集まっているファンの雰囲気から、いつも同じように和気藹藹に、いまのアイドルの主流である「ファンを楽しませること」に主眼がいったアイドル現場である。たぶん当日は、僕と同じようにSNSで興味を持ってきた人もいるだろう。そのような新参者を排除せずに、ゆるやかに受け入れてくれる現場だった。そして「薄商い市場」のボラテリティを回避するのは、1)固定のファンに依存しないつねに参入退出が活発であること、2)量的なボリュームがあること、である。1)は新規のファンが入りこめやすいことだ。赤マルダッシュ☆にはその必要条件が備わっているように思えた。

 さて肝心のライブなのだが、私は楽曲派的な批評にはむいてないので、簡単に指摘するが、かなりハードな曲調だな、というのが印象である。いまの多くのライブアイドルに共通しているが、高い水準のダンスと生歌によって、アイドルの肉体と精神を限界までとばしていく。そんな要素もみることができた。SNSでの発言同様に率直で熱い内面がみることができる。それに、なんといっても四人とも美少女なのだ。ちなみに人柄も優しそうだ。

 ラジオ日本の福田良平は著名なアイドルファンでもあるが、「さすがのオスカークオリティ」と形容した。まさに大手芸能事務所のアイドルであることは間違いない、高い質をもつグループ、それが赤マルダッシュ☆である。

 彼女たちが、本当にアイドルの高いハードルである、「薄商い市場」を脱することができるかは、これからが本番である。