正村公宏『ダウン症の子をもって』

 僕が大学生のときに話題になった本であるが、いままで読む機会を逸していた。自分も子育てを経験してきた今になって読んだ方がよかったと思える一書だ。他人と比較することができない、その子供なりの個別性、そして家族のつながり、社会とのつながりのひとつひとつのエピソードのユニークさ(単一性)の大切さを、この書籍は時代を超えて読むものに感動とともに伝えるている。

 重度の障害を抱えた子どもとの生活の中で、著者は「可能性の哲学」というべきものを見出す。

「それは、この子たちの「可能性」を求めるたゆまない努力の方向を意味しているのだと私は考えている」(85頁)。

 著者はこの「可能性の哲学」こそが障害者福祉、福祉社会の基本思想にならなければならない、「いや、それは、私たちの社会がより人間的であるための基本的な要件なのではないかと私は考えている」。

 正村氏が最近のほかの本で説いている日本経済の「停滞」論は、いわゆる「構造的要因」説に立つもので、端的にいって誤りだとは思うが、本書で描かれているエピソードとそこから得るもの(おそらくさまざまな人が多様な意見を持つだろう)は極めて重要だ。

ダウン症の子をもって (新潮文庫)

ダウン症の子をもって (新潮文庫)