松尾匡のマクロ経済学観

松尾さんの最新エッセイをぼーと見てたら気になることがかいてあった。

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay_91231.html

現代的なケインズ理論は、価格や賃金が伸縮的だということを出発点にして話を組み立てています。
 これって実は十年位前には常識的でなかったんですね。いまでもそうかも。
 従来の常識では、ケインジアンってのは、市場メカニズムは不完全で価格も賃金も動きにくい、だから供給過剰になっても自動解消できないから、政府が公共事業とかやって総需要を増やしてやって均衡させるって考え方とされてきました。それに対して、新しい古典派は、規制緩和とかして価格や賃金がスムーズに動くようにすれば、市場メカニズムはうまく働いて自動調和するんだって批判したわけです。
 特に1970年代のスタグフレーション(不況下のインフレ)をケインジアンはうまく解けなかった。それを新しい古典派が批判して、ケインジアンを打ち倒し、規制緩和、民営化といった「小さな政府」路線が世界の主流になった。こういうストーリーになっています。
 今でも普通のマクロ経済学の教科書は、価格や賃金が硬直的だという前提でケインズ理論をまず説明し、うしろの方で、その前提をはずして、いろいろな関数も企業や家計の行動から精密に導いた理論として、新しい古典派の説明をつけています。一般にも、守旧派ケインジアンvs精緻な現代的数理科学の新しい古典派というイメージがあるでしょう。

 ところがこういう対立図式は、学問の世界では90年代ぐらいにはもう過去のものになっています。現代的なケインズ理論は、市場の需給に合わせて価格や賃金がびゅんびゅん伸縮的に動くことを前提して、しかも、新しい古典派同様、いろいろな関数を、企業や家計の先を見据えた行動から厳密に導きだしながら、なおかつ、総需要不足で深刻な不況が発生して失業者が生じる事態を説明できるようになっているのです。

 価格伸縮性や賃金の伸縮性が経済を不安定化するというケインズ的な経済学が70年代後半から始まって、少なくとも僕が90年代前半にはそれをマクロ経済モデルにした論文も書いても流行遅れwという感じはしませんでした。ただこの種のマクロ経済学(これを動学的ケインジアンとも78年マクロともいいますが)は主流とはおよそいえず、むしろ松尾さんが<2008年に出た飯田泰之さんと中里透さんの『コンパクト マクロ経済学』(新世社, amazon bk1 セブンアンドワイ 本やタウン)も、本当にコンパクトでわかりやすくてとてもよかったけど、まだ、旧説明→新説明の二分法ですね>として紹介しているように、多くの現代マクロが想定しているケインズ的な要素というのは価格や賃金の硬直性に由来するモデルだといえるでしょう(もちろんそうでないものも多いですが)。

たとえばこの点は矢野さんがこの

http://dl.dropbox.com/u/2260564/watakabe/wakatabe_comments_state_of_macro_slide.pdf

で「伝統的ケインズ経済学」を価格硬直性と非リカーディアンの組み合わせ、「新ケインズ派」を価格硬直性とリカーディアン家計の組み合わせ、いずれにしても「「ケインズ的要素」を価格硬直性に求めていることからも明らかです。経済の不安定性というのは矢野さん的なケインズ的要素からみるとこの価格硬直性がその不安定性の源泉でしょう。

 ところが松尾「現代ケインズ理論」も僕の78マクロもむしろ価格や賃金が伸縮的であればあるほど、松尾さんの表現では「価格や賃金がびゅんびゅん伸縮的に動く」こと自体が経済の不安定性の原因であり、したがって価格と賃金の硬直性がむしろ経済安定の錨になっています*1

 個人的にどっちが好きか? といわれたら松尾マクロの方であり、DSGE含めてそのハイブリッド型もなんか安易でのれない、というのが僕の率直な立場なんですよね。まあ、しょうがないので解説とか話はあわせてるけどw たとえば短期的な総需要サイドの刺激策と長期的なサプライサイド政策を不況のときに両方とるのは矛盾しない、というのが飯田・矢野的な立場でしょう。ところがたぶん松尾さんや僕は事実上、サプライサイドの改革は時間もかかるし今やってもその効果がでるのはかなり先、ということでここらへんを「無罪放免」にしているw 

 ところが本当は僕らのマクロ経済観では、たとえば不況の中でサプライサイド改革、たとえば雇用の流動化とかなんとかいわれているものをやる、というのは頭大丈夫かね? というのが本音のはず。少なくとも雇用流動化が賃金の下方硬直性を緩めるような方向に左右するのは首是できないでしょう。ところがDSGE派は(現実感覚、プラグマティックに目をふさぐ以外には)原理的に不況の中で雇用流動化もありえる、というのが解答のはずですね。ハイブリッド派はより「現実」的だけど基本同じ。

 まあ、ここらへんは深刻な対立はいまのところ起きてないのは、あまりに日本のマクロ経済政策を行う政府と日本銀行があほすぎるので、内ゲバやってる暇すらない、というより深刻な状況があるんじゃないですか? 

*1:たとえばこのことから松尾さんでも僕でもケインズ流動性のわなからの脱出法として、将来にむけての貨幣供給の増加とそれに対応した将来に向けての名目賃金の増加、という政策提言もでてくる