山田登世子先生とお別れしてから一年が経ちました。山田鋭夫先生の編集と、藤原良雄社長、編集の刈屋琢さんの見事な共同作業で、とても素晴らしい回想記が上梓されました。おめでとうございます。
出来上がったばかりの本当にほやほやの御本を頂戴することができてとても嬉しいです。表紙には手の形をしたとてもおしゃれなフランス雑貨のパンス(紙ばさみ)が写されています。今福龍太氏がこの紙ばさみの思い出を書いていらっしゃいますが、とても知的に洗練された文章でそれも感銘しました。
この回想記は、私たちの登世子先生の生涯や交遊を通じた同時代史的な側面もあります。きわめて知的な人の堂々たる生涯を時代との交差で読むことを可能にしていると思います。特に詳細な文献目録や業績の記録、さらに1993年から2016年までほぼ毎年掲載された『出版ニュース』での「今年の執筆予定」と、実際に出版された書籍にその時々に書かれたすぐれた書評も、まさに同時代史としての評価を与えるにふさわしい内容になっていると思います。つまりこれは単なる故人への追想の記録ではないのです。もちろんその想いも深く、編者を始め、寄稿された方々の文章に刻まれていることは言うまでもありません。
私も短文を寄させていただいたのですが、登世子先生と河上肇賞でいろいろ議論したり時には意見対立もあったり、または「共闘」を組んだりと、実に楽しい知的興奮の数時間を毎年すごさせていただきました。感謝しかありません。そしてとてもエレガントで洗練されていたその生前のお姿をいまも思い出します。
本書を読んで、登世子先生と内田義彦との知的な関係がとても深いものであることに気が付きました。もちろん山田鋭夫先生とのご関係もあるのかもしれませんが、やはり登世子先生と内田義彦は内面の深いところでつながっているな、と思います。本書の文献目録から、登世子先生の内田に関する文書が6本程度あることがわかりました。
例えば「星の声 聴くことのできる非凡」は、内田と宮沢賢治の世界を重ね合わせ、そこで内田の魅力的な「声」について書いたものです。山田鋭夫先生にお話しを聴いたところ、いい声の人が好きだったとのことです。考えてみれば、登世子先生のお声もとても独特の引力のある声でした。その声は宙の中でこだまするかのようです。
登世子先生の繊細で、彩り鮮やかな文体、その深さは冒頭のエッセイであり本書の表題にもなった「月の別れ」にも凝縮しています。私たちは時代の素晴らしい同伴者を失いました。だがその生命はこれからも山田登世子先生の著作を読む人に受け継がれていくことでしょう。
- 作者: 山田鋭夫
- 出版社/メーカー: 藤原書店
- 発売日: 2017/08/17
- メディア: 単行本
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