モーニング娘。の経済学


 モーニング娘。ハロー!プロジェクトの参加人数はなぜあんなに多いのだろうか。そしてどうして頻繁にそこを母体にしたユニットが次から次へと現れるのだろうか。こんな疑問を抱いた人もいるかもしれない。今回はちょっとこの問題を考えてみよう。


 大竹文雄氏が編集した新刊の『こんなに使える経済学』には、もちろん「使える経済学」がいくつか入っている。ここでは僕も便乗してこの本から道具を取り出して、モーニング娘。の「謎」を解明してみよう。今回は、鈴木彩子氏が書いた「セット販売商品はお買い得か」の経済学が使える道具だ。


 鈴木氏の説明をモーニング娘。に応用すると次のようになる。私たちがモーニング娘。の関連商品を購入するのは、その商品の価格が「支払い意思額」以下の場合だ。例えばいま話を簡単にして、モーニング娘。高橋愛氏と道重さゆみ氏のふたりだけしかいないと仮定しよう。


 鈴木氏の設例をそのまま利用させてもらう(元々は、カリフォルニア大学バークレー校のハル・ヴァリアン教授の考案)。まず高橋愛の歌が収録されたCDと道重さゆみのCDを売る販売者がいて、他にふたりの消費者田中、池田がいる。


 田中の支払い意思額は、高橋愛CDには1200円、道重CDには1000円。池田の支払い意思額は、高橋CDには1000円、道重CDには1200円だとする。田中は高橋愛の(パフォーマンスの)方が道重さゆみよりも200円分余計にファンだと言い換えてもいいかもしれない。池田はその反対だ。そして田中の支払い意思額の合計は2200円、池田も2200円だ。


 ところで支払い意思額と実際に払った金額との差を、経済学では「消費者余剰」と読んでいる。本当は1200円払うことまでも辞さないのに、1000円で支払いがすめば、ほとんどの人は「安くて済んだラッキー」と喜ぶだろう。この喜びの大きさと考えておこう*1。鈴木氏は「お得感」としている。わかりやすくいいネーミングだ。


 さていま高橋CDの実際の価格が1000円、道重CDも同じ1000円だとする。これを田中と池田がそれぞれをばらばらに購入したときの「消費者余剰」=お得感はどれだけだろうか。


田中のお得感→高橋CDからは200円、道重CDからは0円
池田のお得感→高橋CDからは0円、道重CDからは200円

そして田中・池田のお得感の総額は400円であり、他方で販売者の売り上げはバラ売りなので4000円である。


さて今度は、高橋愛道重さゆみモーニング娘。が結成されてCDが売り出されたとしよう。このモーニング娘。のCDの価格は2200円になった。田中も池田も高橋愛道重さゆみのパフォーマンスにはふたりあわせて2200円まで支払い意思額があるのだからこのモーニング娘。のCDも当然に買いだ。


そうなると田中と池田のその時のお得感はそれぞれ2200−2200=0である。ふたりのお得感の総計もゼロだ。まあ、不満足なわけではないが、もう単独でのCDをそれぞれ購入したときのようなお得感はもうない。ところで注目すべきなのは販売者の売り上げだ。単独で売っていたときは総額4000円だったのが、いまや4400円になって400円も多く儲かっている。


 そうなのである「セット販売商品」の場合は、バラ売りのときの「お得感」がそのまま販売者の売り上げにばけてしまうのである。鈴木氏は海外の経済学者の業績をいくつか紹介し、この「セット販売商品」で抱き合わせて売る数が増えれば増えるほど、売り手の利益が増加していくことを紹介している。言い方をかえると、モーニング娘。ハロー!プロジェクトがどんどん人数を増加していったのにはこの(消費者余剰を売り手の利益に転換する)戦略が背景にあったのである。


 さらにこのモーニング娘。ハロー!プロジェクトを母体にしてさまざまなユニットが結成されていったが、それは見方を変えれば「セット販売商品」をすべて買うのか、そこからいくつかの「基本サービス」だけ選んで購入して買う行為に似ている。しかもこのとき、「基本サービス」(各ユニット)の消費者は同時に、元々の「セット販売商品」=モーニング娘。のファンでもあることが多く、その意味では売り手の利益は何重にもなりえる。売り手はモーニング娘。からの利益の方が大きいが、それでもユニット数を増やせばそれで得られる利益も(単独で売り出す場合よりも)大きいわけだ。


 ここまで書けばわかるように、モーニング娘。の販売戦略の中で最も売り手の旨みが少ないのは、単独で売り出すことである。モーニング娘。ハロー!プロジェクトの歴史の中で全体やユニット(二人以上)の販売が積極的で、単独での売り出しが稀なのはその経済的なインセンティブのありかを示しているとはいえないだろうか*2


モーニング娘。の解説はWikipediaここ

こんなに使える経済学―肥満から出世まで (ちくま新書)

こんなに使える経済学―肥満から出世まで (ちくま新書)

*1:経済学をまじめにやるとこの理解はいろいろ修正しなくてはいけないが、ここではそんな面倒な問題は棚上げして直観的に理解しておこう

*2:なおモーニング娘。全体や各ユニットがファンの支持=需要を得るかどうかというのは今日の話ではふれていない。実際に支持されないで消えたユニットや全体での不振もあっただろうがそういう問題はここではふれていない