頭も冷えますか靖国マンガ 辰巳ヨシヒロ「男一発」


 当ブログ梶ピエールさんのところでも話題になりましたエイドリアン・トミーネやアメリカのコミックに影響を静かに与えている辰巳ヨシヒロの作品をようやく読みました。中学生のときに立ち読みして以来の小学館文庫『鳥葬』(異色ロマン傑作選)。しかしこれはすごいね。ここに描かれているのは男女年齢さまざまに異なる人々だけれども「やけ糞!」という感じの人生模様を映像的に下劣に描いている(ここでトミーネと共鳴する)。あと暗闇が奥深い。どうしてもつげ義春と比較したくなるが、辰巳作品の描く暗闇の方がべっとり劣情的に深く哀しい。この傑作選は氏んでも嫁べきコミックであろうか。


 さて所収の「男一発」のあらましですが、職場でも家庭でも居場所がなくやがて定年を迎える男。定年後は10年もセックスレスでいまや娘たちと男の退職金の計算をするのが楽しみな妻との隠居生活が待っているがそれが地獄のように感じる男。彼は靖国神社を訪れ、「靖国の戦友よ 君たちはいいときに死んだよ わたしを見てくれ会社から見放され妻も信じられず……生きる屍だ」。そして彼は境内に鎮座ならぬチン座している大砲をみて、「まるで彼の若かりし頃の一物のように頼もしかった」、そして血のたぎるのを感じるのである。


 そして身もふたもないような決心を口にするのである。「男一発だ ドカーンと一発 どでかい浮気をしてやる」


 しかし「どでかい浮気」がなんなのかこの男にはまったく実はわからないのだ(いや、誰もどでかいのなんかわからないと思うが)。以下はこの男のどかーんと一発を目指した不発な風俗通いがはじまる(へそくりや退職金に手を出しながら煉獄めぐりをはじめるのである…


 そんな煉獄めぐりに似た風俗遊興もまったくドカーンとならないが、やがて「男一発」のまたとないチャンスが訪れる。職場の華(死語)ともいうべき美しく若いあこがれの女神OL(この形容すべて死語)が、彼をデートに誘い(恋人にふられてやけ糞になった職場の華死語OL)、安ホテルにしけこむのである。しかし彼はこの女神死語OLを抱いても「男不発」で終わり嘆き悲しむのである。


 「靖国神社の夜はかなしかった」


 境内の闇の中に横たわる巨砲に男は突然とびのり立ちションするところでこの劣情とやけ糞にみちた物語は終わる。


 この短編集のすべての作品が面白いが、特に「鳥葬」、「男一発」、「いとしのモンキー」、「シーツを敷く女」がいい。また昭和40年代の風俗が描かれてるのもいまになると興味深い。下水道掃除を描いている「うなぎ」など


 ちなみに「英語で!アニメ・マンガ」によるとAmazonが選ぶ2006年度の「コミックスグラフィックノベル・トップ10」の第4位というか3位に「東京うばすて山」が堂々ランクインということで、日本よりも国際的に再評価がすすんでいると思われる。当ブログも引き続き辰巳ヨシヒロネタを追う予定。

Abandon the Old in Tokyo

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