岩田規久男「白川日銀総裁は間違っている」『新潮45』

 中森さんの対談を読んでいたら偶然に岩田先生が寄稿しているのを見つける。これもすごくまとまっていて、最近の安倍氏のリフレ的発言とそれに対する白川日銀総裁の発言を批判的に論評している。

安倍:2-3%の物価上昇を目指すインフレ目標
白川:安倍に反論し、「物価上昇率はバブル期の1980年代後半すら平均1.3%だった」として2%以下のプラス領域で、当面1%目指す。

自民党マニフェスト(2%以下は望ましくない)vs日銀(2%を下回ってもゼロ以上であればいい)の対立になる。

岩田先生は安倍氏が目標については幅でいくかポイントでいくかは専門家と協議するという国際的によくみられる政府と中央銀行との協議という柔軟な姿勢を持つことも指摘している。キーポイントは、(上方バイアスを加味すれば)どのインフレ目標を採用している国も1%以上を最低でも維持することを目標にしていることだ。

 岩田先生は、白川総裁の任期期間では、2008年4月から現在まで73%の月がデフレであるとし、この責任を白川総裁は国民の前に詫びるべきであり、安倍氏を批判するのはまったくお門違いだと指摘する。

 岩田先生は安倍氏の「建設国債」発言についても白川総裁の発言を批判している。この点については、片岡剛士さんの論説長谷川幸洋さんの論説を参照されたい。

 さて岩田先生の論文では、インフレ目標に対するまったくの誤解を6点あげてそれぞれを批判している。

 メディアや評論家たちが流布している誤解リスト

1 政府がインフレ目標の数値を決定すると、中央銀行の独立性を侵害する
2 インフレ目標を採用するとハイパーインフレになる
3 インフレになっても賃金が上がらず物価だけ上がり生活が苦しくなる。デフレの方が生活楽
4 年金生活者にとってはデフレの方がインフレより有利
5 インフレになると国債名目金利が上昇し財政収支は悪化する
6 金融政策の目的を物価の安定におくとバブル発生

どれもよく目にする誤解だ。詳細はこの論説にあたってほしいが、それぞれの誤解を岩田先生は論破している。もちろんこの10数年いわゆるリフレ派の著作はこれらの誤解と実に長く闘ってきたのでほとんどのリフレ派の本にはこの点への反論があるはずだ。

ここでは特に3をみておく。

デフレの日本では、賃金が物価下落以上に低下しているので、実質可処分所得は低下している。2010年度の実質可処分所得と実質消費は2000年に比べてマイナス7、マイナス6パーセントだ。

「確かに、デフレ不況が長期化し、失業率が4%台の日本では、雇用需要が大幅に不足しているため、穏やかなインフレになっても、賃金は直ちにはあがらない可能性はある。しかし穏やかなインフレになると、雇用需要が増加して、失業率が低下する一方で、非正規社員比率は低下し、正規社員比率は上昇するだろう。新卒の雇用も改善する。以上の過程で、労働分配率も次第に上昇する。失業率が3%台半ばまで低下すると、賃金も上昇し始め、やがてインフレ率以上に上昇して、人々の実質所得は上昇する」

 2%の穏やかなインフレの実現は、失業率の改善⇒賃金上昇 というプロセスを描く。ゼロ年代の真ん中ではこの前半がおきた(新卒採用も劇的改善をみせた)が、日銀は途中でその過程を寸断した。そしてデフレが再びおき。賃金は上がらなかった。この失敗を繰り返すべきではない。

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)

中森明夫×樋口毅宏「「政治家・石原愼太郎」を大嫌いな人のための「作家・石原愼太郎」入門」『新潮45』2013年1月号

 作家石原愼太郎の作品を僕もすでに何十作となく今年読むことになりました。きっかけは豊崎由美さんと栗原裕一郎さんの毎月やってる石原愼太郎研究トークイベントに参加したことです。で、今月23日は中森さんも参戦(詳細はこちら)。俄然学習意欲が高まります。石原愼太郎を研究することは、日本の戦後の文学、政治、風俗を学ぶことでもあります。

 この最新の対談も面白い。対談中で樋口さんが語っているように、中森さんが『石原愼太郎の文学』の第九巻に寄稿された解説はともかく深い。ぜひ文学に興味のある人は読んでおく基本文献だと思いました。

 この対談でも中森さんの洞察はするどい。以下の発言は思わずラインマーカー引きました。

「中森 物書きって、単純に毎朝夕の通勤電車に乗らなくていいということだけでも、ある程度の自由が許されていて、それがものの表現に反映される。日本の社会は欲望が肯定されないし、他人に対して嫉妬深くて、ものすごい窮屈。でも、自由が制限されているときに、制限されてない人間ーーそれは勝新太郎なんかもそうだと思うんだけどーーが表すものを見たい。その究極の形が慎太郎だと、僕は思う」

新潮45 2013年 01月号 [雑誌]

新潮45 2013年 01月号 [雑誌]

浅田統一郎「安倍新政権の金融政策の経済学的根拠について」

 安倍新政権の金融政策の意義を浅田さんが専門的な見地からしっかり解説。特に真ん中のフィリップス曲線の理解は重要。また人口減少デフレ説もトンデモ説せあることが明瞭に説明されてます。


http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20121220.htm

2000年代の日本経済は、年率1%前後の緩やかな持続的物価下落(デフレ)を伴う長期停滞に陥ったが、この過程で、失業率が上昇しただけではなく、図2に示されるように、金額で測った国民の総所得を表す指標である名目GDPの成長率(名目成長率)と国民の実質的な経済的豊かさの指標である実質GDPの成長率(実質成長率)の双方が、密接に連動しながら低下していった。このように、年率1%前後の緩やかなデフレでも、国民の名目所得のみならず実質所得や失業率に深刻な影響を及ぼすことが、問題なのである。

ちなみに日本の失業率はデフレによって高止まりですが、浜田宏一先生や岩田規久男先生たちの指摘や、拙著『雇用大崩壊』でも書きましたが、雇用調整補助金やそのほかの日本の制度的要因で、かなり低めにでていて、本来的な真の(潜在的)失業率は10%近傍だと思われます。決して欧米に比べて低くはないのです。