今野晴貴『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』

 雑誌『POSSE』などで労働問題の相談にも長く経験と積んできた今野氏のブラック企業の実態とそれへの対処方法、そしてブラック企業を含む日本の雇用社会の改革を記した本である。ブラック企業の人を辞めさせる手法の洗練化と複雑化が具体的に書かれていて、特に企業内のカウンセリング手法を用いた悪質な人間の追い込みの実態は、まさに外道の様相であろう。またブラック企業のブラックな手法を補うブラック弁護士など「士族」の実態にも詳しい。

 ブラック企業を生む背景としては、「代わりのいる若者」という新卒市場の問題であり、また非正規雇用の活用もあわさることで、単に景気がよくなればすむ問題ではない、という構造的な視点が優位になっている。実際にブラック企業は景気のいい悪いに関係なく存在する問題ではあるだろうが、毎度のことながら、今野氏の視点にはまったくマクロ経済の環境をよくするための政策はごそっと抜け落ちている。

 それはさておき、一番本書で役立つのはブラック企業との「戦略的」な闘いを解説したところだろう。本書では労働法と団体交渉(個人加盟ユニオン)の活用を特に強調している。本書でも示唆されているが、いまの就職指導も自己分析重視のような空洞のような無意味なものから、労働法を教えたり、さまざまな働く場での身の守り方やサバイバル法を教えることを中核にしたほうがいいのではないか? いまの大学のキャリア教育は就職するためだけに傾斜しすぎている。もちろんこの問題意識はカリキュラムとしてキャリア教育に組み込むには一教員の判断を超えてしまう問題が発生しているのだが。

 それにしても労働法の基礎知識は必修にすべきであろう。またカルト的な宗教の勧誘への対処、不法な購買勧誘への対処、ネットでのマナーやトラブルの対処(学生が匿名で誹謗中傷している行為の犯罪性の認識など)を教えるべきではないだろうか?

 本書を読むといまの就職問題を考えるさまざまな側面を真剣に考えることになるだろう。

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

安達誠司『ユーロの正体』

 出版社は違うけど、安達さんの「正体」シリーズ第二弾です。本書のテーマは「ユーロの日本化」を解き明かし、今後の展望を解説することです。

 「ユーロの日本化」とは何か? 「ユーロ危機を財政危機ととらえ、例外なき緊縮財政で危機を乗り切ろうとする、ドイツを中心としたユーロ圏の政府首脳の見立ては明確に誤りであり、危機に陥っている国に対し、これ以上緊縮財政を強いれば、その国の経済はますます疲弊し、次なる経済危機が到来する可能性が高い」ということである。

 まさに日本経済の危機を財政危機や構造問題として錯誤して理解し、財政再建などで対応し続け、金融政策の在り方を見直さずに停滞を続けている日本そのものである。なお僕もユーロ圏の長期停滞派であり、その見解については直近ではこの日経CNBCとニコ動の特別番組でも安達さんと同じ見解を申し述べた(いまは動画がみれないのが残念)。

 直近の最大の懸念は、いままでの中途半端だとはいえ、ユーロ危機の「救済」の要になっていたドイツ経済の大きなかげりがみえることだ、と安達さんは指摘している。

 ユーロ危機→ユーロ安→ドイツの対中国対アジア向け輸出拡大→ドイツの貿易黒字拡大→「この貿易黒字の余力内での救済」

という構図が、中国経済の減速で不安定化し、さらにドイツの輸出の6割を占める対ユーロ圏内の輸出が激減していることで危機にさらされている。またこのドイツ経済の減速シグナルが本格化し、さらにアジア経済圏から欧州の金融機関の資金が引き上げられると、中国をはじめとしたアジア経済圏に危機的状況が訪れるのではないか、というのが本書の最大の警告である。そしてこの危機的な状況は、幾度となく形を変えながら、ずるずるとユーロ圏の長期停滞(=ユーロの日本化)が継続するかぎりまた繰り返すだろう。

 全6章とエピローグは上記の見取り図を詳細に解説し、またユーロ圏だけではなく国際通貨制度と国際金融のメカニズムや簡単明快な理論を説明している。安達さんの相変わらずの明晰な文章は読みやすい。

 

ユーロの正体 通貨がわかれば、世界が読める (幻冬舎新書)

ユーロの正体 通貨がわかれば、世界が読める (幻冬舎新書)