論説「NGT48山口真帆さん暴行被害事件の経済学」(草稿)by田中秀臣

この報道に接してあまりにもあきれ果ててます。

以下ではまもなく出る予定の『電気と工事』4月号に掲載予定の「NGT48暴行事件の経済学」の草稿です。ただし書いたのは、以下のニュースのかなり前、先月の中旬ぐらいにまとめたものなのでそこはご了承ください。完成版は『電気と工事』の方でお読みください。


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NGT48山口真帆さん暴行被害事件の経済学

 新潟を拠点に活動し、全国的にも著名なアイドルグループNGT48のメンバー山口真帆さんが、ファンを名乗る男たちに自宅マンションで暴行された事件は、その発生当初は当事者以外には知られていなかった。外部にこの事件が知られたのは、被害者の山口さんがshowroom(ネットの動画生配信サイト)やTwitterで、被害の実情とまたNGT48の運営について不信感を表明したことを契機とする。事件発生からひと月が経過した後である。この事件は、2019年年明け早々の日本のアイドル界だけでなく、世界のマスコミも注目することになった。暴行を行ったとされる二人組の男は、不起訴処分になった。他方で、NGT48の運営の態度はずさんだった。
 山口さんが上記のSNSで被害を涙ながらに訴えた後も沈黙を守り、しかも新潟市の専用劇場での公演において、被害者である山口さんに世間に迷惑をかけたと謝罪させる一方で、その後まるでおざなりな経緯の説明をしただけだった。暴行の被害者が公衆の面前で謝罪させられるという、あまりにずさんな運営の対応は、国際的にも非難を浴びた。特にタイム誌は、暴行をうけたJ-POPスターが「迷惑をかけた」と謝罪した、と驚きとともに伝えていた。著名な音楽誌ビルボードもこの事件の特異性に同様に注目している。


 私もこの直後にテレビ局のコメントをうけ、今回の事件は、被害者である山口さん本人の心の傷にまったく運営側が配慮することなく、その不信感を高め、さらにはあろうことか被害者が謝罪するという前代未聞の出来事を引き起こしたとして、「運営失格」と発言した。


 では、具体的にどのような点が「運営失格」なのか。そもそもNGT48については、私は2016年の彼女たちのデビューを契機にして、その活動に大きく注目した著作『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)を出している。NGT48のデビュー公演も直接みたし、その時の山口真帆さんの印象も覚えている。デビュー公演には新潟県知事や地元の大企業の関係者が多く来賓していて、NGT48の新潟での活動が単にアイドルグループのものだけではない、広い地域活性化の役目を期待されていることがわかった。
 NGT48は、国際的にも有名なAKB48姉妹グループであり、運営会社も同じである。AKB48グループは、NGT48が誕生する前までは、地方都市で姉妹グループを立ち上げてはいたものの、本格的な地元密着型はNGT48が初めてだった。県や新潟市、近隣の市町村、そして地元企業とのさまざまなイベントやコラボ企画が、デビューしてからの彼女たちの活動の中心だった。また地元密着だけではなく、全国レベルでも有名になっていった。メンバーの荻野由佳さんは、いまや国民的な行事であるAKB48の総選挙で上位を二年連続して獲得している。また他のメンバーの注目度も上がっていた。確かに、いまの日本の女子アイドルでは乃木坂46や欅坂46の方が注目度が上である。ただ老舗の中での成長株としてNGT48の今後の活動に期待する人は、地元のファンを中心にして根強いものがあった。


 今回の事件は、心ない自称ファンが引き起こした暴行事件という側面だけではすまない問題がある。ひとつは冒頭にも書いた運営側のずさんなマネジメントにある。実際に社会的な批判を浴びたこともあるだろうが、結成当初から支配人をつとめていた人物が更迭され、新しい劇場支配人やマネージャーなど体勢を一新した。また弁護士からなる第三者委員会を立ち上げて、事件の経緯やさまざまにメディアなどで噂される事実を検証するという。本号が出るころにはその第三者委員会の報告が出ているだろう。ただしここでも個人的に解せないのは、第三者委員会の報告にあまりにも時間(ひと月半)かかること、山口さんはじめメンバーの何人かが明らかに運営に対する不信と解釈できるアクションをしていること(彼女たちのtwitterアカウントからのNGT48表記の削除、第三者委員会への不信を示す発言をリツイートし後に削除したことなど)、さらには公演の再開を事件の実態解明よりも優先しているととられる運営の姿勢も問題に感じている。


 NGT48が活躍する新潟市は、政令指定都市とはいっても新潟駅周辺は実に、こじんまりとしている。AKB48の他のグループが活躍する東京、大阪、名古屋、博多に比べて、人口も繁華街の規模も実に小さい。この中でNGT48が展開していくには、まずなによりも地元のファンを最優先にして、ともに成長していく姿勢が重要だ。ちょうどこの原稿を書いているときに、NHKののど自慢大会で新潟の女子高校生が歌唱していた。その歌は、NGT48の代表曲「世界はどこまで青空なのか?」だった。彼女は歌い終わったあとに、NGT48と一緒に育った、とコメントしていた。そう彼女に代表される人たち、地元で老若男女問わずに支持されてきたこと、ともに成長を共有するという点が、日本のアイドルの最大特徴である。未熟なレベルからさまざまなトラブルや試練を乗り越えて、アイドルが成長していく。その姿に自分たちも姿を重ね、また熱く見守ることで、ファンもアイドルとともに成長していく。それがアイドル経済の「成長物語消費」という側面である。


 ただしこの成長物語をファンとアイドルが一体となって育てるには、やはり運営のマネジメントが重要だ。特に今回は、山口さんが自宅マンションで被害にあうというリスク管理の面で問題がまずあった。新潟市という閉じた空間を有する地方都市で、アイドルとファンが遭遇してしまう確率はかなり高いだろう。そのうち住居も生活範囲も知られても不思議ではない。そのためアイドルの知名度と人気が増すにつれて、運営側はリスク管理にも十分にコストを払う必要がある。それは運営自身の人材育成も含めてである。


 「アイドルはプロだが、運営はアマチュアだった」と今回の事件で、私は何度かメディアの取材で述べた。その真意は、アイドルはいわば公衆の面前で訓練を重ね、プロとして時間をかけて成長していく。他方で、運営の方はどうもその意味での人材育成に失敗している可能性が高い。NGT48の運営の具体的な実情はわからない。だが、リスク管理のノウハウや、またそもそも社会的常識に反するような被害者の公開謝罪などを防ぐ、社内のコンプライアンスの構築など、アイドル第一、ファン第一の姿勢に欠けていた、その真因に運営の人的資本蓄積の失敗があるのではないか。