書評:『前川春雄 「奴雁」の哲学」

 先週の『週刊東洋経済』に掲載されたもの。日銀に好意的であるだろう評伝を書評してもなぜか日銀批判になっているところをわかっていただければと

ーー書評本体ーー

 前川春雄日本銀行総裁の生涯とその思想を包括的に描いた評伝である。前川が日本銀行に入行した1935年から総裁時期の80年代まで、さまざまな資料を駆使して、前川の人生行路を鮮やかに描いた筆致は見事である。積極的な公定歩合の引き上げを行い、また当時の首相であった大平正芳との政策目標(狂乱物価の回避)の共有を通じ、第二次石油ショックを乗り越えたことで前川は日本銀行の歴史に名を刻んでいる。前川が考えた日本銀行の持つべき姿勢は、本書のタイトルにもなった「奴雁」の哲学というべきものに表れている。それは、「仲間たちが餌を啄んでいるときに、不意の難に備えて周囲に注意を払っている」という態度である。想定外のリスクに絶えず配慮すべきことがセントラルバンカーの心構えであることをこの言葉は教えている。

 本書はまた前川の奇を衒わない性格をよく描写してもいる。日本銀行の若手がマスコミを利用して政策情報をリークすることを、前川は厳しく批判したという。政策の議論は、政府との正当なルートを通じて公明正大に行なうべきだと前川は信じそれを実行した。本書によれば、前川だけの独自の行動規範だったという。まさに「奴雁」の態度を日本銀行内においても貫いたのだろう。現在の世界金融危機に直面している日本経済をどう舵取りしていくか、そのためにどのように政府と政策目標を共有すべきか、本書には日本銀行のとるべき姿勢への示唆が豊富だ。もっとも現在は前川時代と異なり、インフレと不況の組合せではない。すでに石油などの資源価格は暴落といってもいい状況である。米国流の金融資本主義の終焉や世界恐慌が話題になっている。だがそのような未知の領域への政策こそ「奴雁の哲学」の本領といえるのではないだろうか。

前川春雄「奴雁」の哲学―世界危機に克った日銀総裁

前川春雄「奴雁」の哲学―世界危機に克った日銀総裁

若田部昌澄「日銀の失政は明らか」(『Voice』2月号)

 『Voice』2月号頂戴しました、ありがとうございます。本号は、オバマ政権への期待みなぎりまくるクルーグマンのインタビュー、上野泰也さんの連載、暗黒卿の僕は関心がない道州制山形浩生さんのタバコ文化論などがあるけれども、とりあえず若田部さんの論説が個人的に重要。

 ここでは日本銀行の政策の失敗(06年からの利上げ路線が招いた景気失速、デフレ脱却の事実上の放置)を指摘しています。そしてミルトン・フリードマンらの『合衆国貨幣史』をとりあげて、若田部さんは以下のように書いています。

 「この本の白眉である大恐慌には、当初ふつうの不況として始まったものが世界的な恐慌へと激化していく過程が詳細に語られている。彼らによるとその大きな原因は政策の失敗。なかでも当時の連邦準備制度理事会FRB)の失敗にある」

 としてFRBの政策の失敗とは、金融機関の倒産が相次ぐ危機的な状況に「最後の貸し手」として適切に行動しなかったこと、2)人々の現金保有への選好が急増していたことに対抗して、マネタリーベースを増加させなかったこと、この二点で誤っていた、とするものでした。

 コメント:この若田部さんが紹介された、後者の議論はいまの日本でも重要でしょう。人々の安全志向が高まり、現金・預貯金への資産選好が加速していることは、今朝も報道がありました。このような安全資産への公衆の過度な傾斜を防ぐためにも、日本銀行が貨幣をより市場に供給することで、人々の過度な安全志向を防ぐ必要があります。そのために貨幣の価値を低下させる(=貨幣の供給量を増やす)ことが必要となってくるのです(まあ、厳密にはマネタリーベースと貨幣供給量はもちろん違いますが発想的にはこんなものでいいでしょう)。

竹内薫「引用禁止のSFマンガ」

 最近、経済系ブログがマンガ系ブログよりアクセス数が少ないのは経済問題がどうでもいいからみたいな趣旨の発言をいわれて(いった本人は気がついてないでしょうがw)、正直、ガクッときたのと同時に傷ついている田中です 笑。まあ、そんなこといったらしょこたんブログとかアイドル系のブログの前ではマンガも経済もな〜んの役も魅力もない役立たず情報の山ですがw 

 とはいえ、なんかカチンときてて、最近、マンガ業界、その反映としてのマンガ批評界にシニカルな田中に変身中です(まあ、もともとアメコミ論争でシニカルから出発しているのは間違いないのですがw)。そういうマンガ関係者の意図せざるゴーマンな態度が物凄く不愉快です。不愉快なのは僕の感情なので理解も支持もいりませんが(それに正直、マンガよりも経済のこと考えるとそのような些細な感情が消失するほどいまの状況は深刻です……もちろんマンガ界だって経済問題を放置してこのまま安泰のわけはないのですが、マンガ産業論は構造問題と産業政策が主流なのでその点でも何をいってもorz

 そんななかマンガ業界のゴーマンな姿勢を批判した好エッセイが、竹内氏の『Voice』論説です。正直、実際の法解釈は調べてませんが、少なくとも研究論文とかでマンガを「引用」する行為が、それが「転載」とされて作者や版元から使用料や許諾確認の請求などがきたら研究者は軒並み困ってしまうでしょう。

 竹内さんは、「ところが、最高裁判決以後も、業界ではマンガの引用を「転載」とし、作者と版元にお伺いをたて、許可が出たら使用料を払う、という行為がまかり通っていたのである。最高裁も虚仮にされたものだ」と書いています。これは小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』についての最高裁判決のことで、竹内さんはこの判決を「マンガも通常の書籍同様、引用する行為そのものは適法だ、という判決としてとらえるのが妥当だろう」と解釈しています。この解釈が法解釈的に妥当かどうかは専門家にお任せしますが、少なくとも竹内さんの場合はコマの引用であるSFマンガが引用不許可になり、しかもコマにあるセリフまで!引用不許可になつたというマンガ界の慣行を紹介しています。まるでどこかの夢の国を思い出させる話ですが 笑。笑で終わるのも申し訳ないのですが、いくらなんでもやりすぎに思えます。ふと思いましたが、昨日のエントリーに書いた業界ヨイショベスト本がああいうヨイショなのは、ひょっとしたらそうしないとコマも使用できないというこの「慣習」のせいだったりして。

 「合理的なヨイショ」か。

渡辺喜美離党ネタと「定額給付金みたいな簡単バラマキ政策もできないんならあれやれこれやれ公共事業その他の財政政策も結局、政治紛争の種になって何も決まらずに、ただ逆バラマキ税金=消費税が将来上がるのだけが決まったり、どんどん不況は深刻化してく罠」

 エントリー題名で尽きているのですが(マンガネタかいてたらだんだん頭にきてきて 笑 ついご愛嬌でエントリー題名を長くしてみました。2時間ドラマのタイトルみたいですねえ〜〜)、まあ、別にこの渡辺氏になんの思いいれもないんですが、ちょっと去年の年末の僕のあるエントリーを覚えている人いるかとも思いますが、この高橋さんのパーティーのときに渡辺議員がスピーチしてたんですよね。中味聞いてませんでしたが、直後の高橋さんの話の中身が埋蔵金定額給付金20兆円超でゴーという話でしたし、なんといつても受賞作の基本主張のひとつが埋蔵金の活用ですから、当然に渡辺氏もこれに賛成しているのかと思いましたが、むしろバラマキよりも「必要なものにお金を使え派」でしたか。

基本的に2兆円程度のバラマキをやるから必要なものにお金が使えないとかそれを犠牲にしてばら撒く、という批判はナンセンスです。なぜなら埋蔵金を使うのならば20兆円か25兆円から2兆円引いた残りの残額をそのみんなが「必要なもの」にばら撒く…もとい社会的なインフラに使えばいいわけです。

渡辺氏もその高橋さんのスピーチを聞いていたでしょうし、多くの政治家ももちろん高橋埋蔵金は彼の辻説法の効果もあってみんな知っているように、まだまだ残高が豊富なことを理解しているはずです。でも不思議なことに渡辺氏からもほかの政治家やマスコミ(これは無理かw)からも、埋蔵金をもっと掘ってそれでもっとばら撒けとか、あるいは2兆円以外にそれと比較できないほど埋蔵金あるからそれで「必要なもの」をやれ、という発想を聞いたためしがないですね。

ちなみに帰りの車の中でNHKラジオを聴いてたら、ある民間の投書の中に、定額給付金もほしいしもっとほかのものにも政府はお金を積極的に出すべき、というものがありました。そういう埋蔵金をもとにした「ふつう」の発想は、単なる政治ゲームとそれにのったマスコミの世論誘導でわけわかめです(NHKラジオの解説は慎重な態度だったのが救いでした。相変わらず、J-WAVEは経済系コメントは朝からデンパゆんゆん状態でしたが。ちなみにラジオなら飯田さんよりいい声なのでJ-WAVEにぴったりwwwだと思うのでぜひ関係者は一報ください 爆)。