竹森俊平「定額給付金の景気浮揚効果はゼロ」

 一足早く読んでる『週刊東洋経済』の最新号。この号は読む価値のある記事がてんこ盛り。特集は「雇用壊滅」という雇用問題ネタだし、それに書評には山形浩生訳の『服従の心理』をインフルエンザの高熱にうなされながら書いた僕の書評もあるし 笑。

 竹森さんの書評論文は、クルーグマンオバマ政権の財政政策への消極的評価(GDPギャップが二年間平均7%=210兆円の需要不足。財政政策は73兆円で、うち公共投資6割乗数効果1.5、4割減税乗数効果0.5.すなわちトータル乗数効果1で73兆円の効果で全然不足)を紹介。さらにジョン・テーラーの消費減税も効果なし説を紹介。バーナンキの積極的金融緩和政策への評価。

 翻って、日本は定額給付金はムダと両断(でも理由は明示してないが乗数効果ゼロ?が理由か)、公共事業が乗数効果から望ましいが、有効な公共事業の政治的議論の不足を指摘している。金融政策については触れていない。

 僕は愚直なほど素朴に財政政策と金融政策のポリシーミックスを中心に考えるべきだと思っている。ただ公共事業のどれが望ましいか、というのはおそらく政治的な議論の焦点になってしまい、逆説的だが定額給付金のような「ムダ」といわれるものさえも満足にできない現在の政治の枠組みではおそらく「ムダではない公共事業」を同定する作業は困難必至でしょう。もちろん経済財政諮問会議など政策議論の場でもほとんど政府と日本銀行は協調していないのは明白なのでポリシーミックスは行き当たりばったりでしょうね。

 それと竹森さんとは異なり、僕は定額給付金の増額でもいいし、また減税政策の選択肢も捨てるべきではないと思う。これも埋蔵金だとか、貨幣発行益を使うとか工夫する必要があるけれども。ちなみに過去90年代に公共事業が効かないようにみえたのは、ただ単なる日本銀行の事実上の引締めにかなり依存しているように思える。

民主党の金融危機対応の経済政策を(竹森・クルーグマン・テイラー風に)評価する

 竹森論説を参考にして、では次期政権の有力候補の民主党金融危機対応政策をみてみよう。竹森評価だと
減税や補助金景気対策としてはムダか、あるいは効果がきわめて限定的ということだ。そして公共投資乗数効果があり、なおかつ無駄な公共投資であればさらに望ましい。

民主党の当面の政策を以下にコピペして、竹森評価からその適否を→の先に○△×で書く。×は竹森評価ではムダかきわめて効果ない、ということ。△は中立的か評価不明、○は効果あり。

http://www.dpj.or.jp/news/?num=14667

.生活を守る経済対策(内需拡大策)

(1)「子ども手当」法案(今国会提出)…子ども・男女 →×
 平成21年4月より、「子ども手当」を実施する。
 なお、平成21年度の支給額は別途検討する。

(2)高速道路の無料化法案(通常国会提出)…国交 → ×
 平成22年度より都市部を除く高速道路の料金を無料化する。
 あわせて、平成21年9月からの予算措置による無料化実施を検討する。

(3)道路特定財源暫定税率廃止・減税(今国会提出)…財金(税調)、総務 →×
 平成21年4月より道路特定財源暫定税率を廃止し、ガソリンで25円、軽油で17円引き下げる。あわせて、道路特定財源一般財源化、国直轄事業に対する地方負担金制度廃止を実施する。
また、「ガソリンスタンド対策法案」に基づき、暫定税率廃止時のガソリンスタンドの負担を軽減する。

2.直面する課題への対応

(1)フリーター就労の支援等(今国会提出)…厚生労働 →△
 元派遣労働者のフリーター等の安定就労を進めるため住宅支援、雇用保険の給付要件見直し、偽装雇用防止対策など非正規労働者の就労促進、労働条件等を確保する。

(2)「中小企業いじめ防止法案」(今国会提出)…経産 → ×
 大企業の中小企業に対する「抱き合わせ販売」「不当な値下げ要求」などを禁止し、これを担保するために公正取引委員会に勧告権を付与する。

(3)「金融アセスメント法案」(今国会提出)…財金 → ×(景気対策には直接関係なし)
 地域への寄与度や中小企業に対する融資条件などの情報公開を金融機関に義務づけ、金融機関間の公正な競争を促すと共に、貸し渋り等を防止する。

3.補正予算で実施すべき緊急対策

(1)中小企業の信用保証枠の拡大(7000億円) → △(クレジットビューの竹森さんだと評価どうなんだろ?)
「特別信用保証」制度を復活させ、信用枠30兆円を確保する。セーフティネット融資(原油高騰関係)の既往貸付の繰延返済を認めると共にセーフティネット信用保証の対象業種を900業種(創業後3年以上)に拡大する。

(2)税法関係(3160億円+α) → ×
[1]中小企業向けの法人税率の半減(3000億円)
[2]中小企業オーナー課税の廃止(160億円)
[3]海外子会社からの配当の益金不算入措置
[4]平成4年度から凍結されている法人税の繰戻還付凍結の解除(試算中)

(3)雇用調整助成金の大幅拡充(労働保険特別会計) →×
 指定要件緩和、助成割合引き上げ、支給日数の延長等により雇用調整助成金の使いやすさを高め、失業の発生を事前に予防する。

(4)その他
 その他雇用、医療、介護を中心に補正予算で実施すべき政策について、野党間で協議を進める。

 というわけで竹森評価でいうと、民主党はまるで米国のブッシュ前政権のような減税・補助金のオンパレードで景気対策を狙っている。竹森、クルーグマン、テイラー揃って民主党の現行の政策にはゼロ点が与えられそうである。しかし民主党の政策オプションをみるとすごい気合の入ったサプライサイダーであることが今回なんとなくわかった。

 ちなみに自民党につついては以下のエントリーを参照。

原田泰「消費税増税と責任ある政治の中身」

 これも『東洋経済』に収録されているもの。そういえば昨日のパーティーで少しお聞きした話でもある。こちらは麻生政権の消費税増税の玉虫色決着への評価である。定額給付金をばら撒くが三年後に増税しますよ、といえば効果は減殺されてしまう。埋蔵金は国民のお金だから国民に戻すのがスジ。

 自民党は消費税増税をすることが「責任政党」だからだ、という説明をする。しかし原田さんはそれは違う、と私的します。「しかし消費税を増税する理由は、今の高齢者のための予算が足りないからだ」。つまり現在の高齢者の利害を優先した政策であり、本当の将来世代のことを配慮したものではない。もし本当に将来世代のためを考える政治家ならば増税国債の償還にあてるべきだが、そんなことをいう人はいない(これは皮肉)。

 さらに消費税増税高齢者は負担しない。なぜなら年金支給額は物価スライド制で消費税増額分だけ支給額が上乗せされ、勤労世代だけが負担する。しかし他方で高齢化にともない社会全体にしめる高齢者の消費規模が大きくなるのに、他方でいまの説明のように高齢者は制度的に消費税の増税負担を回避している。「消費税引き上げ時に年金給付額を加算すれば、現在1%で2.7兆円とされる消費税の実質的な税収額は半分になってしまう」。

 つまり本当に将来の財政負担を回避するならば、消費税の引き上げ分を年金支給額にのせないことである。しかし政治家の多くが、消費税増税高齢者に優遇することが政治に勝利する道だと理解しているので、それは行われることがない。

 原田さんの年来の主張であり、(ここの議論はとりあえず景気対策をおいておいた)消費税議論としては、世代間対立を鮮明に描いていることでも傾聴に値すると思う。

 このエッセイも必読:http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/harada.cfm?i=20081203c3000c3

浜矩子『グローバル恐慌』

 本書が数多ある世界金融危機本と異なる点は、グローバル貯蓄過剰(新興国や日本などの資金余剰が米国市場に流入しそれが消費や投資をファイナスした)が、アメリカ経済にバブルを形成し、そして破裂させ、今日の「恐慌」を招いた、とするものである。したがって円キャリートレードを生み出したことで、日本はこのグローバルバブルの犯人のひとりであり、その責任を問われるものである、ということである。

 しかしこの浜氏の主張は端的に間違いである。なぜならグローバル貯蓄過剰で、確かにアメリカは日本や世界の多くの国から消費や投資のためのお金をファイナンスしたであろう。しかしそれ自体はアメリカの経済にとっていいことだった。問題はそのお金を適切な形で利用しなかったアメリカの金融産業や規制当局の問題であり、お金の流入元である日本や新興国は何の責任を負うものではない。そのような責任論はなんら経済学的な理路に基づくものではなく妥当ではない。

 同様のことを『世界』(2009年1月号)で、河合正弘氏が以下のように述べている。

「たしかにアジアは過剰貯蓄で、アメリカは過剰投資をしていた。しかし、そのことは、アジアがアメリカ(やヨーロッパ)のバブルに責任があるという議論にはならないんんですよね。というのは、それを好き勝手に消費して、住宅バブルをつくったのはアメリカであり、そうしない選択肢もあったのに、それをやらなかった。いかに外にお金があろうと、それをきちんとした形で使わなくてはいけないというのが金融の基本だと思うのです。海外資金の借り手は、みずからの返済能力に照らして、円キャリートレードにしても為替リスク等を十分に考えて借りなくてはいけない。だから、アメリカやヨーロッパのバブルの責任を日本やアジアの責任にするのは全くおかしい議論だと思います」(185-6)。

 またそもその円キャリートレードがバブルを招いたという因果関係そのものにも疑問が提起されています。代表的には、高橋洋一氏の『この金融政策が日本を救う』での議論です。高橋さんはそこで「世界経済がバブルになるほどの多くの資金を円キャリーが供給しいてた説」は疑わしいとしています。まず円キャリーの規模がOECDの400兆円からIMFの20兆円まで数字があまりにも漠然としていること。仮に400兆円だと現在の損失は100兆円あるはずで、現状の世界の損失が130兆円(いまは150兆円でしょうか? この数字自体漠然としていますが)であり、日本の判明している損失はその1割にすぎないから、あまりにも円キャリーの規模が多く推定されている、としています。実体の判然としない円キャリーをバブルの原因としていること自体が一種の予断だ、ということなのでしょう。

 浜氏の『グローバル恐慌』の要点への評価はこれぐらいでいいかと思われます。

グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに (岩波新書)

グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに (岩波新書)