ロシア革命の嵐に見舞われる寸前のペトログラード。冴えない会計士であるネヴゾーロフは母親の墓参の途中で出会ったジプシーの女の予言ー「世界が流血と大火で崩壊するとき、戦火が街を焼き尽くす時、兄弟同士で殺し合う時、あんたは金持ちになる。数奇な運命に導かれたあとには豊かな暮らしが待っている!」と託宣される。このジプシーの女の口から、いまはゴキブリみたいだが、運命の物語始まり始まりと告げられるのだ。ここででてくる「ゴキブリ」。確かに能弁な役割をそのあとも果たす。「声の出るゴキブリ」としての主人公、どこかの国の経済論者たちのようにしぶとい。
まるでゴキブリは、古代エジプト文明のスカラベのように彼のその後の人生(主に革命軍からの逃避行やらスパイたちの陰謀に巻き込まれたりとか、外国軍ともからんだり、ヤクザや飢餓に直面して暴徒と化した農民とかかわったりなどなど)を導いていく。
500ページ超の分厚い大冊であり、ロシア革命の様子を独自の視点で再現しているようでもあり、当時を覗き見るようで面白い。特に前半のペトログラード脱出からロシアまでの様子が魅力的だ。運命的な相棒となる人物や、また途切れなく続くような女性たちとの邂逅も面白い。ただ後半のオデッサからイスタンブールまでの逃避行、そしてイスタンブールでのエンディングまでは明らかに息切れ状態で描写も深みを欠く。
革命と民族の大混乱の中で、なんのとりえもないが、しぶとく生きるただのおっさんの話を、ここまで魅力的な寓話に仕立て上げることができただけでもすごいことなのかもしれない。
しかし最後の息切れはとても残念だ。本作は名作の刻印を押されているが、正直それほどのものではないのではないか、という気がしている。厳しすぎる評価かもしれないが。
描写はすばらしく墨絵のようであり、少なくともフランスのマンガの芸術性を日本の読者は深く印象づけられるだろう。
来年の1月まで断続的にさまざまな出版社からBDが出される。名作ぞろいである。楽しい時代になったなあ、と思う。できれば経済的余裕があればもっと日本に受け入れられるだろうに、とも思う。
- 作者: パスカル・ラバテ,古永真一
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2010/10/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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