「過去の経済学者の主張の誤用」はどのくらい深刻か?

 昨日の経済学史学会関東部会での話題。この本(『市場社会とは何か―ヴィジョンとデザイン』)の趣旨のひとつは、過去の経済学者の発言をいまの経済理論家たちが誤用していることで経済理論のあり方も歪んでいる、それを正す参照軸を提起するということでした。これは直接にはテレンス・ハチスンの著作The uses and abuses of economics(1994)の問題意識だそうです。このハチスンの著作はまだ未読なので機会をみつけて読むつもりですが、僕はその種の誤用がどれだけあるのかが不明であり、またどれぐらい「深刻」なのか、かなり懐疑的でいます。ただ懐疑的ではいけないので、ありあわせのデータを使って考えてみることにましょう。


 以下はこの論文に記載されていた著者別引用数です(1966年から1986年の期間)。上記の経済学史本でとりあげられている人物*1では、ケインズ、ミュルダールしか登場しません。ちなみにこのマンキューの論文でも書かれていますが、ケインズは長期低落傾向にあるようです。

1.Arrow K J 7,807
2. Samuelson P A 6867
3, Simon H A 5,894
4. Friedman M 5,219
5, Becker G S 4,947
6, Fama E F 4,592
7. Feldstein M 4,512
8. Theil H 4,207
9. Stigler G J 4,150
10, Baumol W J 4,053
11. Buchanan J M 3,428
12. Galbrsith J K 3,370
13, Tobin J 3,214
14. Keynes J M 3,022
15. Modigliani F 2,898
16. Barro R J 2,826
17. Robinson J 2,718
18. Hicks J R 2,650
19. Lucas R E 2,615
20. Sen A K 2584
21. Myrdal G 2,477
22. Solow R M 2,286
23, Griliches Z 2,260
24, Sargent T J 2,119
25, Bowles S 2,035
26, Hotelling H 2,015
27, Mincer J 2,004
28. Coase RH 1,950
29. Nerlove M 1,942
30. Debreu G 1,931
31. Jorgenson D W 1,929
32. Zellner A 1,830
33. Schultz T W 1,816
34. Phelps E S 1,815
35. Black F 1,714
36. Stiglitz J E 1,695
37. Olson M 1,662
38. Klein L R 1641
39. Malunvaud E 1,625
40. Lintner J 1,623
41, Granger C W J 1,604
42. Jensen M C 1602
43. Musgrave R A 1,564
44. Bhagwati J N 1,561
45, Alchian A A 1,544
46. Mansfield E 1,503
47. Kuznets S 1,502
48. Chow G C 1483
49, Hirslieifer J 1,417
50. Chenery H B 1382
135,104

 もちろんこの時代以降現在までひろげて、さらに順位を拡大してみれば上記の経済学史本に登場している人たちがでてくるかもしれませんが、いずれにせよ引用数と重要度を等値でみれば、現代の経済理論においては上記の経済学史本にとりあげられている人たちは重要度が低く、その分、引用されている理論家のこれらの経済学者についての(学史的?)解釈がすべて間違っていても影響は軽度とはいえないでしょうか? さらに重要性が大きいケインズ、ミュルダールでさえも上位50人の引用総数にしめる割合はたかだか4パーセントです。まあ、日本のデフレよりはましですが。


 もちろん論点自体は面白いかもしれませんが、あまりに経済学史の責務(?)としては、昨日お聞きしたこの本の趣旨のひとつ(過去の経済学者の誤用がいまの経済理論家の主張を深刻なほど歪めている)は過大すぎる評価がなされていると思えるのですが、どうでしょうか?


 もし仮に経済学史ないし経済思想史の対象を物故された人物と規定すれば、この表(繰り返しますが86年までですので最新のは機会費用の関係で 笑 またいつかということで)おそらくフリードマン、スティグラー、ガルブレイス、トービンらの発言を「経済学史」的に解釈するほうがいまの経済理論家に貢献することになるのかもしれません。フリードマンをめぐっては最近もその主張の解釈で論戦が起きたほどでした

*1:とりあげられている人物詳細はhttp://www.sophia.ac.jp/J/sogo.nsf/Content/sup33を参照