総裁は「一時休業」するのも案かも

http://bewaad.com/20060627.html#c01

を参照のこと。「一時休業」して「真実」の証をたてるのもよし、自発的辞任の覚悟を深めるのもよし。基本的に取り付けにあってそれが日本経済に波及しそうなやばい金融危機と同じ状況だと思えばいいのかもしれない。「副総裁」に政策決定にかかわるすべての事項を一時委任することはできないものか? そんなことを昼下がりに思うのであった。

 切込隊長燃料投下キター

http://column.chbox.jp/home/kiri/archives/blog/main/2006/06/27_042903.html

そういえば昨日、なぜか私にもこの「百年戦争」関連で某誌さんから意見求められますた。やはりこういうところにむかうんすかねえ。


とりあえずここ経済学ブログなんでネタから離れてつまらん補いをしときますと

<疑わしいから日銀総裁を辞めるべきだ、あるいは完全に合法なのだから福井氏は辞任すべきではない、といった議論の前提そのものが成り立たなくなってしまう>
という戦線なんすけれども、正確にいうと前者は「疑わしいからみんな信頼しなくなる(政治介入もあり)ので経済・政策でまずいので福井はやめとけ」ということで、後者は「合法だからやめるとみんな信頼しなくなる(政治介入もあり)ので経済・政策でまずいので福井辞任はやめとけ」というのが正確なバージョンです。で、もうこの路線対立は完全ネタ切れで各論者のブログをみまわしても情勢変化待ちの状況ですね(=みんな飽きてる状況
   

 池尾和人『開発主義の暴走と保身』

 開発主義的金融(護送船団方式やメインバンク制や産業政策的金融やらそういったものの相互補完的システム)史観に基づく日本の「失敗」の物語だという。池尾氏の立論に関しては、すでに野口旭さんとの共著『構造改革論の誤解』(2001年)、『エコノミストミシュラン』(2003年)、『経済論戦の読み方』(2004年)などで繰り返し批判的検討を加えてきたのでここで再論はしませんが、高原氏の『不安型ナショナリズムの時代』などを読むと村上的開発主義史観というのはかなりコアな支持者がいるんだな、と思います。本書の対抗ワクチンは開発ずみでして、三輪先生とラムザイヤー先生の本、岩田先生の『日本経済を学ぶ』を読まれてからこの種の開発主義本を読まれるといでしょう。ただし本当にまずいのは、日本のアジア経済研究者のかなりの部分が開発主義パラダイムに「汚染」されていることじゃないですかね。

 スタンドアップ

 久しぶりにみた社会派の映画(この表現懐かしい)。家族、職場、友人や地域社会とのかかわりに、過去と現在の時間軸を多層的に構築した映画。俯瞰的なショットが見るものを冷静にさせる効果を与えている。レンタルなのだけれどもいま途中までみている特典映像のドキュメントもおすすめ。
映画のラストで邦訳題名がいきる。原題もとてもいい。☆☆☆☆

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