小林伸一郎『NO MAN’S LAND 軍艦島』

 『週刊東洋経済』にかなり前に寄稿した書評。

 廃墟写真集がブームである。廃墟写真集は80年代後半に一回目のブームを迎え、いまは新世紀からはじまる二回目の隆盛期であるという。前回のブームでは、宮本隆司氏の『建築の黙示録』(1987年・新版2003年、平凡社)や雜賀雄二氏の『軍艦島 -棄てられた島の風景』(1986年・新版2003年、淡交社)が代表作として知られている。
今回のブームでも、小林氏を中心にして多くのカメラマンが作品を発表している。例えば、中田薫の『廃墟探訪』(2002年、二見書房)は、ラブホテルやボーリング場の廃墟を、刺激的な文章を加えて活写したものとして有名である。ところで本写真集のテーマとなった軍艦島とは、長崎近海に浮かぶ半人工島(正式名称 端島)であり、高度成長期に採炭で栄えた世界で最も人口過密な都市アクロポリスであった。最盛期には周囲1キロたらずの島に5千人以上が居住していたという。それが70年代に炭鉱の閉山によって誰ひとりとして住む者がいない死の都市ネクロポリスに転じてしまった。密集する高層アパート建築は、酸化したように赤く爛れ、多くが瓦礫と化している。近海から眺望した島の風景は、まさに打ち捨てられた軍艦の異名に恥じないものである。かっての住居跡には、慌てて逃げ出したかのように生活の断面が凍りついたまま風化している。ハンガーにかけられたままのセーター、食器が整然と並べられたテーブル、涼をとる住人がいるかのように頭をもたげた扇風機。生活風景の死骸は、見るものに恐怖感さえも与えるだろう。
 ところで人はなぜ廃墟に魅せられるのだろうか。かってドイツの社会学ジンメルがいったように、われわれがこの世で生み出しうる完璧さを超えた姿が、まさに廃墟だからなのかもしれない。

NO MAN’S LAND 軍艦島 (Japanese deathtopia series)

NO MAN’S LAND 軍艦島 (Japanese deathtopia series)