効率性と安全のトレードオフ

 このブログでもブログパーツUNIQLOCK)やアンテナに入っている松永かなみさんが日記に興味深い問題を書かれていた。

 あなたならどっち(松永時間)
 http://ameblo.jp/kanami-matsunaga/entry-10146553654.html

 松永さんの日記はとても穏やかな人柄と文章に知性が感じられるのですが、今回はもろストレートに経済問題といえるものです。しかも解くのが難しい 笑。

 G.マンキューが「経済学の十大原理」というのを上げていて、そのトップバッターが「人々はトレードオフ(相反する関係)に直面している」というものです。松永さんの提起された問題もまさにこのトレードオフ問題そのものです。

 :稽古場まで結構ある一本道 or稽古場は近いけれど、行く途中に歩道橋がある道
  私本当に高いところが苦手で幼稚園のアスレチックですら、おそらく今だにダメです(略)でも距離的には倍以上違うと思うんですよね〜んー… 悩むなぁ どうしよう:

 確かに似たような状況があるでしょう。例えば日本の歩道橋なのですが、「歩道橋のはなし」によりますと、「歩道橋の階段や横断部の道幅は150cmのところがほとんど」であり、日本人の平均の肩幅が75センチとするとぎりぎりすれ違うことができる程度です。

 もし仮にお相撲さんが松永さんのレッスン場の近くで頻繁に遭遇するようですと、力士の平均肩幅は90センチ超と推測されますので、上記サイトにあるように「お相撲さんが通るとすれ違いは難しいかも!?」ということになります。お相撲さんでなくても大柄な人との接近はすれ違いを困難なものにするでしょう。

 松永さんの「絶対真ん中しか歩けないです すれ違うとか… 無理」という心配が現実化するリスクがあります。他方で一本道は遠くともその意味では安全です。いまこの歩道橋と一本道の両方のもたらすサービスをどう選択するか、という問題として考えましょう。

歩道橋を選ぶことは近道なので「効率的」です。しかし他方で恐怖やすれ違い困難性などのリスクをもたらし「安全性」を犠牲にしています。他方で一本道を選ぶことは遠回りなので「効率性」を犠牲にして「安全性」をより重視したことになります。これを図表にしたのが下の図(はてなお絵かき)です。歩道橋を選ぶ場合は、点Aで、一本道を選ぶ場合が点Bになります*1

 

 この種のトレードオフは広範囲に存在しますよね。例えばたまたまいま手元にあるのですが、藪下史郎先生の『非対称情報の経済学』(光文社新書)によれば、火災や自動車保険などに加入するのは、事故による不測の事態での損失を免れて生活水準を安定化するという事例が紹介されてます。しかし保険制度に入ることで、事故による損害が少なくなるために、保険の加入前に比べると事故を避けようとする動機が低下してしまう可能性がでてきます。

 そのため事故の発生がかえって多くなり、そのことが社会全体にムダな損害を招いてしまい、効率性を損ねることにもなりかねません。つまりこのケースでは「生活水準の安定と効率性のトレードオフ」に直面している、というわけです。この種のトレードオフ医療保険や失業保険にも存在する可能性があります。

 さて松永さんご自身の解答なんですが、明るい行きは一本道、暗い帰りは歩道橋、という選択でした。これは一見すると行きは安全性をより重視し、帰りは効率性をより重視したかに思えます。ただ帰るときは一本道の方は真っ暗なそうで、その意味では直面するトレードオフで考えてみると行きも帰りも効率性よりもより安全性を重視するという態度が現れているといえるのではないか、と思います(または、行きと帰りで直面するトレードオフ曲線が異なるとも考えることもできるでしょう)。

 それにしても日本の歩道橋の幅が狭いのにはちょっと驚きました。

 舞台の稽古頑張ってください。このエピソード、今度の新刊で「トレードオフ」の面白い例がなかなかなかったので収録できたらいいなあ。

*1:何度も何度もレッスン場にいき相対的に多く歩道橋を選ぶ場合をA、相対的に一本道を選ぶ場合をBとして考えるとかうにゃむにゃ

イグ・ノーベル賞雑感

Baatarismさん経由で知った今年のイグ・ノーベル賞

http://www.cnn.co.jp/science/CNN200810030007.htmlから引用)
:○経済学賞:プロのストリッパーの排卵周期が、チップ収入に影響を与えることを発見した米ニューメキシコ大学のジェフリー・ミラー、ジョシュア・タイバー、ブレント・ジョーダンの3氏に授与。3氏らによると、ストリッパーが最も稼ぐのは、生殖能力が最も高い時期であるという。:

 このジェフリー・ミラーは懐かしい。昔、冬ソナの本を書いたときに、たくさん進化心理学者の本を読んだんだけれども、その中に彼の書いた『恋人選びの心』があった。

 詳細は拙著『最後の「冬ソナ」論』に譲るが、若い女性は資源の豊富な中高年男性を好きになるように進化論的に決まっているwという話とか、いろんな突込みどころ満載に思えるのだが、意外とちゃんとした実証で裏付けられた解説書であった。

 今回の研究も個人的にはさもありなん、とか思っちゃうのだが 笑

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)

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