フランク・ナイトは本当にミルトン・フリードマンを破門したのか?

 まだ調査中途だけれどもあえて書いてみます。ミルトン・フリードマンがポンドの空売りという「投機」を試みたことにフランク・ナイトが「激怒」し破門した、というエピソードをもとに、例えば内橋克人氏は次のように書いてフリードマンを批判しています。


「ナイトはリベラリズム経済学を唱えていて、経済上の行為にも人間としての尊厳を守らなければならないという哲学を強く持っていました。「お金さえ儲かれば何をやってもいいんだ」というフリードマンの考え方には我慢できなかったのでしょう」(内橋克人『悪夢のサイクル』(文藝春秋社、97頁)。


 この内橋氏の批判の構成はナイトによるフリードマン「破門」から、フリードマンの人格攻撃に基づいて、フリードマンの経済学を「市場原理主義」として「お金さえ儲かれば何をやってもいいんだ」経済学として批判するという、一種の議論のすり替えを行うというものになっています。もっとも今回はその議論の構成自体にはふれません。


 ここで問題にしたいのは、ナイトがフリードマンを破門した、という「事実」の検証です。


 内橋氏はこの破門事件を宇沢弘文氏からの伝聞によると紹介しています。その内容を箇条書きしましょう。

1 「宇沢さんがシカゴ大学にいた1965年に、フリードマンがイギリスの通貨ポンドの空売りをしようとしたというものです」〔95ページ)


2 「このときは近々イギリスのポンドが切り下げられることが確実にわかっていたのですが、ポンドが切り下げられる前に今の価格で空売りしておけば、実際に切り下げられたときには確実に儲かるのです。そこでフリードマンは銀行に行って、「一万ポンド空ウリしたい」と申し出たわけです。ところがその銀行のデスクはフリードマンの申し出に対して、「われわれはジェントルマンだから、そういうことはやらない」と言って断ったのです」(96ページ)。さらにこの断った銀行はコンチネンタル・イリノイ銀行であり、この銀行は投機目的の融資を禁止する34年改正の銀行法にしたがったのだ、という内橋氏の紹介あり。


3 「しかし断られたフリードマンはかんかんになって帰ってきて、ランチの席で宇沢さんを含む同僚の教授たちに向かって「資本主義の世界では、儲かるときに儲けるのがジェントルマンなのだ」と真っ赤になって大演説をぶったそうです」(96ページ)。


4 「このエピソードを見ても、フリードマン先物による商品や通貨の取引は、投機によるものも含めて全面的に自由化すべきだと考えていたことがわかります」(97)


5 「この話には後日談があって、シカゴ学派の指導者の1人でフリードマンの先生でもあったフランク・ナイトがこうした話を聞いて激怒し、フリードマンとスティグラーを「今後、自分のところで博士論文を書いたと言うことを禁止する」と言って破門してしまったというのです」(97頁)


以上が宇沢氏からの伝聞による内橋氏の破門事件にかかわる主な記述です。この話はネットでも流通しているようで、また書籍では伊東光晴氏の本にも紹介されてます。検索されればよくわかるでしょう。


で、検証しましょう。


1 まずポンドの切り下げが噂されそれが実行されたのは1967年11月でした。フリードマン空売りを試みたのも同じく196711月のことです(フリードマン夫妻のTwo Lucky People、351ページの記述より)



2 同じくTwo Lucky People、351ページの記述から、フリードマンはシカゴ中の主要なすべての銀行に聞いた。銀行からの返答は、通貨の先物は特定の顧客か商業目的に制限されたものであった。銀行からの具体的な発言としては「連銀は(イングランド銀行も)先物取引を好まないだろう」というものだった。これは宇沢ー内橋らの「ジェントルマンだから云々」という伝聞とは異なる。まさに取引が規制されていたことが事実としてあっただけで、銀行がジェントルマンを理由に断ったのではない。実際には銀行は特定顧客と堂々と取引をしていた。



3 フリードマンはジェントルマンがどうのこうのという理由に怒ったのではなく、彼は即時にこの通貨の先物取引の規制を撤廃するように(たぶん怒って???いや、冷静にだと思うけどw)『ニューズウィーク』のコラムに規制撤廃の記事を投稿する。繰り返すが銀行のジェントルマン性に怒ったのではない。



4 は正しい。ただし内橋氏は「投機」をモラルに劣るものとみているらしいが、内橋氏に情報を与えた宇沢氏が「投機」に長けたケインズ(理論)の支持者であることも衡平にふれるべきだと思うが。ちなみに私はそんな論点(投機はジェントルマン性にもとる、という論点)はばからしいので論点にもならないと思う。ところでこのフリードマンの主張を目にしたChicago Merchantile Exchangeの会頭であったレオ・メラメッドがフリードマンのもとにきて、ここにシカゴに通貨の先物取引市場という「マネー革命」が起きたことは、NHKの番組をみた人なら良くご存知でしょう。もちろんフリードマン夫妻の伝記にも書いてありますが。



5 フリードマンはナイトのところ(シカゴ大学)で博士号をとっていない。フリードマンコロンビア大学で博士号を、クズネッツと一緒に行った所得調査研究の成果をもとにした研究で授与されている(書いてたのももちろんコロンビア大学)。つまりナイトが上記のようなことをいうことは考えられない。スティグラーについては群馬に資料があるのでまだ調査中。


さらにフリードマン夫妻の伝記には、ナイトとは彼が引退後も研究会や私的にも親密につきあったという記述がある。妻のローズはナイト一家と家族ぐるみのつきあいだったことを回想している。およそ「破門」の雰囲気はつたわらない。またうろ覚えだが、スティグラーの自伝にも「破門」の記述はなく、むしろナイトと人間関係が悪化したケースとしてダグラスを例にしていた(これはフリードマン夫妻の本も同様)。


ただしナイトの主張とフリードマン、スティグラーの主張が経済思想的に対立していたことは研究者も指摘している*1。しかしそれと「破門」によるフリードマンの人格攻撃(それに基づくフリードマン学説批判)はまったく別問題。


 以上、僕のいまのところの調査では、「破門」事件の存在そのものを疑っています。何か情報あれば教えてほしい。


 さらに再三念のためにいうが、ある学説の主張とその主張者の人格や帰属先とを関連づけるような批判は批判ですらないのはここで何度も強調しておきたい。

*1:というかナイトの経済思想では簡単にいうと銀行などの企業に「倫理」ここでの「ジェントルマン性」が内在しているという主張自体を採用するわけもなく、銀行が「ジェントルマン」を理由にフリードマンの依頼を断ったならば、まずは銀行のその欺瞞を批判するんじゃないのかしら? ご参考http://cruel.org/econthought/profiles/knight.htmlの特に『競争の倫理』のところ

 The Economist セレクション 情報


 バカげた誹謗中傷よりもこのセレクションを読むほうが比較できないほど有益。


「木を見て、森も見てみると:森林は増えている」

http://cruel.org/economist/economisttrees.html


再生可能エネルギー補助金次第のバブル」

http://cruel.org/economist/economistnewenergy.html