猪瀬直樹『決断する力』

 猪瀬さんから頂戴しました。どうもありがとうございます。東日本大震災の経験を中心に、危機の中でどう東京都副知事として活動したのか、また東京都の職員、東京消防庁の人たちがどのように危機に対処したか、そのリアルな現実が緊張感ある文章で描かれていきます。とくに臨場感と説得性を増すのが、震災発生時から利用されていたTwitterなどのSNSの活用です。これが記録としても、また危機対応における自前の情報伝達機能としても実に有効なことがわかります。

 決断する意思という、人間のハードとソフトの関連が非常に具体的に描かれていてぐいぐい読ませます。猪瀬さんは改めて危機に強いな、と思いました。

 例えば、猪瀬さんの著作に『昭和16年夏の敗戦』という名著があります。これは日米開戦の前に、政府が日本と米国が戦争をしたときのシミュレーションを当時の英才たちを結集して行いました。その結果は、何度やっても日本の必敗。これを時の近衛内閣に報告してもその成果はまったく活かされませんでした。

 近衛内閣の問題はさておき、このように危機的な事態について「想定外」をなくす徹底したシミュレーションの重要性を猪瀬さんは強調しています。曰く、「あらゆる事態を想定して、事前にシミュレーションしておけば、いざというとき、大胆に行動できる」。カチッといろんなことを計画でつくりこむことが、自由度を失わせるのではなく、かえってそれだからこそ大胆な行動もできる、という主張は参考になります。

 例えば、これを踏まえれば、官僚組織は「昨日のルール」でできている、そのため既存のルールでは、危機に十分に対処できないかもしれない。そのときリーダーは平時と緊急時をわけて、果断に行動しなくてはいけない、という猪瀬さんの主張がいきてくるわけです。

 危機だから思いつきでやるのではなく、事前にさまざまなケースを十分に考慮し、それをルールや計画の中にいかしておく。それでも対処できない事態が生じれば、リーダーは柔軟かつ大胆に行動する。それは事前の徹底したシミュレーションゆえである、というわけです。「想定外」を繰り返すリーダーが、いかに果断ぽくふるまってもそれはただ単に場当たり的なものでしかない、ことの裏返しでしょうね。

 本書はほかにも東電の料金値上げへの批判(猪瀬さんの道路公団民営化での経験が生きてます)、水資源の利用、海外企業誘致の戦略など、具体的な話題が登場し参考になります。

 本書で引用されている以下のTwitterの発言ですが、そこに示された日本の「家長」として猪瀬さんに活躍してほしいと僕は思いました。危機に強すぎます。

団塊の世代には「国家」という言葉にアレルギー反応が出る人が多い。いつまでも自分が「息子」のつもりで成熟できない。「家長」として責任を取る意識に不慣れなまま、菅直人首相を生み出してしまった。「戦後」とはそういう時代だった。「国難」という言葉は「災後」に出てきた。やり直しましょう

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