雑誌『スターログ』とメビウス(その1)

 昨日のエントリーで少なからぬ義憤を抱いたので基礎的な資料作りとして、雑誌『スターログ』におけるメビウス関係について、予備調査をしたものを紹介していく。ネットでは、メビウスについては『スターログ』で紹介されていたという断片的な情報があるのみなので、少しはみんなの役に立つのかも知れない(すくなくとも僕は役立つので以下の作業を行う)。なお、メビウス関係以外でもこの雑誌は今日でも非常に興味深い媒体であり、僕は今日の午後、うっとりとその世界に耽ってしまった。以下断続的に更新予定(目標は本日中だが 笑)。

 『スターログ』は、アメリカのSTARLOG(宇宙船の航海日誌の意味)の日本版として1978年の7月1日に8月号をもって発刊された雑誌である。その日本版の紙面の特徴は、SF映画・テレビを中心にしたサブカルチャー系の雑誌であり、和物よりもアメリカやヨーロッパ(フランスが中心)の作品を中心に企画が多くたてられた。しかし同時に初期の紙面では、日本人のマンガ家たち、栗本薫橋本治らの小説家(といっても彼らはマンガの技巧レッスンを書いた)、映画監督やさまざまな分野のアーチストが参加していた。その紙面の豊かさに比較できるものは今日ではほとんどないだろう。

 以下では時系列順に、主に海外のコミックを中心にして、この雑誌が最もきらめきを放っていた78年から82年ごろまでに焦点をあてていく。その過程でメビウスの日本への導入過程も明らかになるだろう


 創刊号では、「SF Graphics & Comix」と題した欧米のコミック情報のコーナーが連載を始めている。この種の海外コミック情報は、書き手や題号をかえながら断続的に続いていく。最初はレニー・ホワイトのLPのイラスト話。第二回は「スーパー・ヒーローたちのホットな歴史が生んだアメコミニュー・ウェーブ三人衆」としてフィリップ・ドリュイェ(フランス、メビウスの盟友)とアレックス・ニーニョ(フィリッピン)をアメコミのニューウェーヴとして紹介する感覚が僕にはよくわからないが(笑 あとで誰かに聞く)、そのほかにリチャード・コーベンを紹介している。次のページでは「DC vs マーベル」とアメコミの当時の情報がある。特にここでアメコミの基本知識(代表的な出版社、キャラ、製作工程、歴史など)を提供し、のちの読者の理解に役立てようという啓蒙精神が窺われる。なお『スターログ』の70年代にでたものは、ほぼ毎号のようにアメコミの直販カタログを掲載しているのもサービス精神?ありまくりだ。なお当初の執筆者はアスカ蘭、LEOらである。アスカ蘭がスターログのアメコミ直販のために書いたスーパーマンを理解するための1ページ広告などは、簡潔なスーパーマンの知識とその必読本を紹介していていまでも参考になる。第3回はウォーレン系コミックスをアスカ蘭が熱く語っている(関連してスペインのマンガ家たちのアメリカ市場への参入にも言及あり)。1979年新年号では、アスカ蘭がアメコミの目録を使いこなしてコレクターとしての習熟度をあげよ、というなんともご丁寧な解説。

 さて『スターログ』でのメビウスデビューは1979年3月号(5号)からである。メビウスの『バラッド』(原題:Ballade。白川星紀訳)が掲載されている。解説のLEOは、そもそもフランスのマンガであるBDとは何か、そこでのメビウスの地位(スーパースターと紹介)、彼の来歴(生年、ジャン・ジロー、ブルーベリ中尉ものの説明、Hara-kiri誌でのメビウス名義での作品があることなど)を手堅く説明している。そして「画面のすみずみまで眼を配りながら、くりかえして読んでほしい」と書いている。後に1981年4月号(通算30号)で、この作品の掲載がメビウスの日本での本格的な紹介である旨をにおわす発言をしている。BDとしてのメビウス作品がまとまって掲載されたのが当事者の意識ではこれが最初だとしても、メビウス作品の特徴だが一枚のイラストのもつ衝撃度は、今日想像する以上に、70年代はあったようで「本格的」ではなくてもこれに前後してのメビウス紹介について軽視してはならないだろう。

 ところで『バラッド』だが、どんな感じかというと下の画像が冒頭のページ

 この日傘?をさしている人物が朗読しているのがランボウの詩。彼は森で巨大怪獣を撃退しつつ、木々の間を自由に飛び移る裸の少女(もののけ姫のサンを気安くしたタイプ 笑)を誘い出し、世界探検に乗り出す。しかし森からでるやいなや、戦車を中心に草原を進軍してくる兵隊たちに一斉射撃であっけなく銃殺されて終わる、という話である。メビウスの多くの作品がそうだが、話自体が面白いわけではない。ここでも奥行きのある空間性とその色彩感覚を楽しむということだろう。あと上のイラストで主人公が乗っているラクダみたいな動物とナウシカにでてくるあの鳥ラクダ?との類似性があるようだ。宮崎駿氏がメビウスに影響されたと公言しているのは80年頃だそうだからこの作品も可能性が大きいものだろう(本人に要確認だろう)


 さて「SF Graphics & Comix」の第6回(1979年5月号)は「ここまで来たフランス・コミックとついに始まった当局の弾圧」と題して、セックスと暴力への当局の弾圧を紹介しているが、その例としてギーガーとニコレをあげている。そしてメビウスもそのメンバーだったユマノイド・アソシエやそこで出していた女性向きマンガ雑誌「アー!ナナ」(当局により廃刊と説明)、「メタル・ユーラン」誌、『ピロット』誌の説明もさくさくと行われている。ちなみにギーガーは、当時すでに『エイリアン』で有名であり、またこの記事では後年、山形浩生さんが訳すことになる『ネクロノミコン』の解説が書かれている。


ネクロノミコン 1 (パン・エキゾチカ)

ネクロノミコン 1 (パン・エキゾチカ)

「SF Graphics & Comix」の第7回(1979年8月号)と第8回(1979年9月号)では、バンピレラ(女吸血鬼)や恐怖もので有名なウォーレンコミックの紹介についてづれられている。著者はLEOであり、かなりの力作であろう。9月にスターログ別冊としてバンピレラほかのウォーレン系のコミックを別冊として出すと告知している(僕は未確認)。なおこの号には橋本治の「SFX in Comix」と題した連載で「特殊視覚効果点講座」なるものが書かれている。少女マンガのテクニック講座である。

 「SF Graphics & Comix」はいつの間にか消え、次に海外コミックの話題が中心となる記事がでてくるのが、1980年2月号の「Comix' World」である。そこでは「SFアートの第一人者 CAZAの画集が出た!」として、フランスのSFプロパー・アーチスト第一号としてのカザ(キャザ、と両方表記紹介)の業績を簡単に紹介。『メタル・ユルラン』誌系であるいこと。『バルバレラ』に影響されたこと、本名や生い立ちなどについても書かれている。メビウスとの関係はちょっと言及されている程度(『ピロット』にたがいに関係した)。なお寺沢武一の『コブラ』がこのカザの紹介の横に並んででているのも興味深い。

 以下のカザのイラストはスターログの上の記事中で大きく紹介されたもの。スターログは本当にビジュアル的な刺激に満ちていて見てて飽きない。なお同号では、アスカ蘭が「F.フラゼッタ書誌」を書いていて気を吐いている。


 さて再びメビウスである。1980年の3月号「Comix' World」で、メビウスの最新作として『ファタル大尉』についての紹介が掲載されている。『バラッド』が掲載されているので、メビウスの名前を知らないのは「モグリだといわれてもしょうがないね」と強気の発言がある。『ファタル大尉』は、マイケル・ムアコックたちのジェリー・コーネリアスシリーズにメビウスが挑戦したものであり、ムアコックたちよりも出来がいいと評価している。そしていまから興味深いのは、「日本のマンガは視野が狭い。もしも、日本のマンガがこの辺を吸収していくならば、多分大いなる可能性を広げるコトになるのではなだろうか?」と書いていることだ。しかも古株ではなく新たな連中への期待を表明している。この書き手の予測は見事にあたった。現在、メビウスからの影響を公言しているのは、宮崎駿谷口ジロー大友克洋藤原カムイら錚々たるメンツである。

 1980年の4月号「Comix' World」は、「いま、コミックス界はヨーロッパを中心に回転している」として、一流のアーチストの8割をフランス、スペイン、イタリアでしめていて、すぐれた雑誌もフランスの方が多く、アメリカより数段上だと勇ましい。さらにユマノイド・ザソシエの組織についてふれ、それがメビウスら四人で立ち上がったこと、そのヨーロッパ一の雑誌としての『メタル・ユルラン』とその米国版『ヘビー・メタル』との関係についてきちっとした解説をしている。1980年の5月号「Comix' World」では、「噂のスペイン・コミックス界を見よ」という紹介記事。ここでもアメリカコミックス帝国主義(笑)の終わりと枢軸体制(フランス、スペイン、イタリア)への転換を解説。日本は? 笑

 さてそういう自国感情に配慮したのか? 笑 1980年6月号では、新コーナー「French connection」内で、「日本アニメがヨーロッパを完全制覇!」といく小松沢陽一の記事が登場する。グレンダイザーやマジンガーZなどのイタリアやフランスでのブームを解説している。1980年9月号では再び「Comix' World」で、御厨さと美が「いまスペインは燃えている!」とフランコ死後のスペインコミックス事情を点景している。

 1980年10月号は重要である。それまで大友克洋Tシャツなど宣伝をはじめ、頻繁に名前がでてきた大友本人の初寄稿である。しかもこれは翌年、日本人の初めてのインタビューをメビウスがうけたときに読んでいたマンガがこのとき掲載された大友の『I・N・R・I…』であった。これはイエスキリストの大友流伝記である。「Comix' World」では、メタル・ユルランの倒産劇が書かれている。主因をメビウスやカザ以後の人材難に求めている。またアメコミNOW!でが当時のX-メンなどのシリーズを紹介していた。

 さて1980年も最後12月号である。ここでは日本のアニメが世界制覇を果たした!という記事がでている。上で書いたヨーロッパだけではなくいまや世界中で日本のアニメがみられている、という話である。多分今年で世界制覇30周年も目前であろうか 笑。「Comix' World」では小松沢陽一が「イタリア・コミックス界ではサムライブーム」とした『サムライ物語』や珍品『吉原の伝説』などを紹介している。両作ともオリエンタル・エキゾチズムの発露であると指摘。さてこの年末号では、珍品として大友、おおやちき、新田たつお御厨さと美による合作『星際大戦』が掲載されている。基本はスターウォーズのパロデイであり、大友はしめで『2001年宇宙の旅」のパロディとして猿の骨砕きを描いている。

雑誌『スターログ』とメビウス(その2)に続く