ジョン・B・テイラー『テロマネーを封鎖せよ』


 献本いただく。どうもありがとうございます。m( )m。


 当ブログでも何度かとりあげた元アメリカ財務省次官のテイラー氏の回顧録の待望の翻訳です。これによって日本のデフレ脱却が日米の協調のもとで意図して行われたことが明確に日本の国民にも理解・利用できることになりうれしいかぎりです。もちろん本書にはテロマネー、アフガニスタンイラクなどの経済復興、世界的な国際機関の設計などについての卓見と実際の見聞が豊富に語られていて、読むものを魅了します。なによりも著者の経済学からの首尾一貫した論理的な視座には共感するものが多いはずです。日本の近年の景気回復の真相、日米の経済政策での米国主導のあり方、さらにはさまざまな国際金融の舞台に関心のある人の必読文献でしょう。


テロマネーを封鎖せよ

テロマネーを封鎖せよ


 個人的なつぼは404頁の訳者あとがき。テイラーと溝口の「失われた10年」脱出のための為替介入を評して、訳者の中谷和男さんは「「主権在米経済」のカラクリ」と書かれています。これって 笑。


http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680537/b/137764/


とりあえずテイラー翻訳を記念して過去のエントリーをここに再掲載。続く、以降にあります。


http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070224から

● 経済政策を含めて日本の政治・経済は米国の利害に沿って動いているという一種の“陰謀史観”がある。書店にいけば『主権在米経済』や『アメリカの日本改造計画』などといった書名が目に付く。最近出た元財務次官ジョン・テイラーの回顧録『グローバル金融の戦士たち』(Global Financial Warriors: The Untold Story of International Finance in the Post-9/11 World)は、まさにこの“主権在米経済”のカラクリをあますところなく世間に公開しているといっていいだろう。もっともその「カラクリ」の実態は、日本の政策当局への親身なアドバイスであったり、または頼もしい政策のパートナーの役割であったりと、陰謀でもなんでもない。むしろ日本の政策当局(特に日本銀行)の無策や責任逃れを結果的にフォローしていたともいえる(それは日本にとって幸運な結果論であったろう)。



 このテイラーの回顧録では、日本の「失われた10年」からの脱出が、ふたつの政策によって実行されたことが詳細に書かれている。一つは日本銀行が2001年3月に採用した量的緩和政策である。テイラーは日本銀行のアドバイザーだった90年代から一貫してこの政策の採用を助言していたという。もちろんテイラーだけでなく90年代から日本のデフレ不況への処方箋として、マネタリーベースを積極的に増加するように要求していたエコノミストは多い。テイラーはようやく日本銀行が国際標準に従って量的緩和政策を採用したことに異常に興奮したと書いている。もちろん日本銀行の政策フレームは変更されたが、まだ緩和は十分なものではなかった。



 量的緩和政策を補うもうひとつの不況脱出策は、2003年から04年始めにかけての日本の財務省主導による歴史上稀にみる大規模な為替介入であった。テイラーは財務次官として、この32兆円に及んだ円売りドル買い介入に積極的にコミットしたと証言している。「ミスタードル」と呼ばれた溝口善兵衛財務官(当時)は、後にこの介入がデフレ脱却の意図を持ったものであり、さらに米国などからの政治的な制約はほとんどなかった、といままでメディアの取材に答えていた。その背景には、米国側の特にテイラーとの率直で嘘のない協力関係が存在していたことをこの回顧録は伝えている。



 なんといっても日本側は、テイラーから介入の規模やタイミング、出口政策に至るまで詳細にアドバイスを受けており、また介入の予告を含めて電子メールでテイラーに報告を欠かさなかったというから、その“主権在米経済”ぶりに思わず微苦笑を浮かべてしまう。最も日本の介入規模は、テイラーたち米国側の思惑を大きく上回るものであったことも確かであり、特に04年の介入の出口政策局面では、その介入のタイミングと規模をめぐって多少の緊張があったことも同書は記している。



 ところでこの為替介入は、経済学的な表現では“非不胎化介入”といわれるものである。例えば為替介入が行われて市場に円が放出されても日銀は同額の売りオペをすることで円資金を市場から吸収するのが普通である(不胎化介入とこの場合をいう)。しかしこの円資金をそのまま放置すればそれは金融緩和効果につながる。実は90年代後半からこの非不胎化介入をすることで長期停滞から脱出可能である、という意見は、日本の経済論壇でも強く主張されていたものであった。例えばイェール大学の浜田宏一教授はその急先鋒として知られる。しかしこれに対して“日銀派”といわれるエコノミストたちやまた小宮隆太郎氏らがその政策効果に疑問を提起したり(なぜなら彼らの意見では日本の長期停滞の原因は構造的なものであり金融政策でカタがつく代物ではなかったからである*1)、またはIMF条項違反を盾にして黙殺した。だがテイラーの証言を読めば、経済学の通常の主張が正しかったことがわかるだろう。日本経済の「失われた10年」は金融的な問題であり、それは積極的な金融緩和政策によってのみ解消可能であったことが。



 かって昭和恐慌期では高橋是清蔵相が、金本位制からの離脱とその後の超金融緩和政策で長期不況から脱却したことは有名であろう。その意味で、このテイラーの著作を読んだものは、「昔、高橋是清。今、テイラー・溝口」という感慨を抱くかもしれない。