学生のみなさんのおかげですPARTなんとか


 ゼミ(四年)で使用しているテキスト。

 「法に抗っての進歩:アメリカにおける日本アニメの爆発的成長とファン流通、著作権」(ショーン・レナード著、山形浩生訳)。山形さん、多謝。
  http://cruel.org/other/animeprogress.html

 
 『ジャパナメリカ 日本発ポップカルチャー革命』(ローラド・ケルツ、ランダムハウス講談社


  全編にわたって日本のアニメのアメリカ普及史が経済的な情報とともに記述されている。ちょうど上の論文や、より私的な歴史である『オタクinUSA』(これもゼミでは参考文献指定)と相互補完関係にある。全部は諸事情でやらないけれども。


ジャパナメリカ 日本発ポップカルチャー革命

ジャパナメリカ 日本発ポップカルチャー革命


 なおこれを読んで、例の増田アメコミ論争での、日本の「チームワーク」描写がアメリカ的風土と異なるものである、という増田氏の主張の傍証があったので以下に引用しておく。


 「本国では『科学忍者隊ガッチャマン』というタイトルで知られ、日本のテレビではすでに大ヒットした作品だった。ストーリーも登場人物も日本文化の価値観に直接訴えかけるものだった。「ヒーロー」はチーム全体であり、メンバーはお互いを支え合い、決して個人として目立ってはいない。明確な悪役はいるにはいたが物語全体に空くの雰囲気が漂っていた。悪とは、欠点を持ち、時にはわがままでさえある主人公たちも含めて、あらゆるところから生じうるものだとでも言うかのように」(翻訳21頁)。


 このケルツの記述は増田悦佐氏の次の発言をフォローするだろう(ちなみに以下の記述はと学会で“笑いもの”にされていたが)


 「欧米の映画評論家や美術評論家たちと、子どもたちが異口同音に使う日本のマンガ・アニメにかんする表現がある。クールだ。略 アメリカのコミックス、アニメがついに果たしえなかった、集団主義的で男女<ときには人間とバケモノのあいだでさえ*1>平等な英雄像を創出したからではないだろうか」(増田『日本型ヒーローが世界を救う!』37頁)。


 むしろ増田本の問題は、ケルツ氏に代表されるような増田氏いうところの集団主義的ストーリーを理解し、感性からも受容できる分厚い層がすでにアメリカの「ポップカルチャー文化」というか市場を支えていることをなおざりにしすぎていることではないだろうか? そのことが増田氏のアメコミ観を主に単行本中心(新聞掲載ものは無視)に加えて、90年代後半から21世紀にかけてのアメリカのコミックの新動向をまったくフォローしていないことにもつながるのかもしれない。もちろん増田氏の主張の核である競争市場化こそがそのような層を、一部のマニアからアメリカ文化の全面に出してくる上で貢献したこともまた疑い得ないのだろうけれども。


 それにしても『ジャパナメリカ』の評価は低すぎる。僕は基礎文献として有意義だと思います。それと『SPA!』でこれに関連した話題の取材うけてネタ投下したので出るころにまたアナウンス予定。

*1:ちなみにこれは、ポケモンを想起しておこうw