植木等死去


 まことに残念なことである。僕は戦前のサラリーマンを経済メディアの観点“のみ”からとらえることから日本の経済思想史研究をはじめたが、それを戦前ー戦後と広げるにはメディア研究の対象を映画と小説に拡張し、その主役のひとりに植木等の主演した作品がかかわる、という風に意識していままで彼のでてきた作品を努めて見てきた。


 小林信彦クレイジーキャッツの評伝ともいえる『喜劇人に花束を』(新潮社)を読むと、植木等の演じた「平均」は彼自身が意識的にその当時のサラリーマンのなにかしらを演じたものではないらしい。しかし日本の高度成長期に入る前は、大河内一男がその“死亡宣告”(日本経済の新展開に終身雇用や年功序列は適合不可能という主張)を行っていたサラリーマンたちが、実際には高度経済成長でその活動のウェイトを極度に増していったその実体の“読めなさかげん”のいくばくかを象徴していたようにも思える(ここらへんはきわめて稚拙なレベルでだが、自分なりにここで書いたことがある)。


http://www.youtube.com/watch?v=uLSuKkB20eI

 80年代はじめにちょうどバブル経済に突入する前、無責任男シリーズは上野、浅草、新宿などの小規模劇場で上映を繰り返しおこなわれていたが、いまはレンタルDVDで気軽にみれる。いい時代になったけれども、それを評価することは少なくとも僕にはまだ遠い路である。

黙祷。