原英史国家戦略特区WG座長代理についての毎日新聞報道の経済学

iRONNAで書いたものをベースにして、『電気と工事」の最新号に掲載予定の草稿です。草稿なので実際に掲載されたものと違う場合があります。参照などは掲載したものでお願いできれば幸いです。

 

反市場バイアスと報道の経済学

 マイケル・ジェンセン教授(米ニューヨークビジネススクール)に、「報道の経済学に向けて」という優れた論文がある。新聞やテレビなどで報道されるニュースは、事実を客観的に検証するものではなく、むしろニュースの作り手も受け手もともに「一種の娯楽」として消費しがちになる。ニュースは映画やテレビドラマと変わらないものとして、日々消費されているというわけだ。
 報道を娯楽として取り上げている典型は、テレビではワイドショーがおなじみだろう。また夜のニュース番組でも娯楽性は重要な要素となっている。ジェンセン教授によれば、ニュースは「危機」を煽り勝ちだという。日本の財政が危機だとか、あるいは年金制度が破綻すると報道すれば多くの視聴者の関心をひくことができる。また政治的な出来事では、政府を「悪魔」にしたて、それを批判する側を「天使」として、後者が前者を打ち倒す構図が好まれる。これをジェンセン教授は「悪魔理論」といっている。またなるべく報道は単純なものが好まれるので、複雑な事件の背景は省略されやすい。これを「あいまいさへの不寛容」という。最近でも不幸な事件を「引きこもり」など単一の原因に求める報道が多かった。
 さらに「反市場バイアス」というものがある。これは市場的価値への嫌悪を煽る報道が好まれることを意味する。例えば規制緩和自由貿易への否定的感情がどの国も強い。例えば、自由貿易をすすめることで、外国からのより安い輸入品で国内の生産者が打撃をうける。他方で国内の消費者はより安い商品を購入できることで恩恵を受けるだろう。だが、ニュースでは、いままで保護されてきた生産者の苦境を大きく報道しがちであり、自由貿易が好ましくない印象を視聴者に与えてしまう。実際には自由貿易を行うメリットの方がデメリットを大きく上回る事実が、ニュースでは過小評価されがちになる。
 規制緩和でも「反市場バイアス」は観測される。日本では規制緩和の仕組みとして、国家戦略特区というものがある。一部の既得権者が利益を確保するために、その事業に第三者が参加することを排除することがある。多くは特定の官庁と既得権者が結び付いて、法律の仕組みで新規参入を困難にしているケースが多い。例えば、加計学園問題で話題になった獣医学部の新設は、獣医学部の認可を認めないどころか、その認可の申請自体まで排除する事態が、何十年も続いた。まさに岩盤のように業界が保護されている。これを「岩盤規制」という。
 この種の「岩盤規制」を突破するために、一部の地域や分野を優先的に規制緩和し、税制上の優遇措置をすることを目的に設置されたのが、国家戦略特区である。もちろん地域や分野を特定すること自体が目的ではなく、あくまで「突破口」の役割でしかない。国家戦略特区での規制緩和や税制上の優遇は他の地域・分野にも広く適用されていく。特定の新規参入者だけが利益をうけるわけではない。多数の生産者と多数の消費者が自由に取引できる「市場メカニズム」の構築が最終目的である。
 だが、加計学園問題では、あたかも獣医学部の申請をした特定の学校法人だけが利益を得るような報道があまりにも多かった。これはまさに「反市場バイアス」の典型例だろう。さらに安倍政権だけではなく、国家戦略特区の委員たちも批判の対象とされた。これは政府側として「悪魔」に仕立てやすいからだろう。
この「反市場バイアス」と「悪魔理論」の組み合わせと思える報道が最近もあった。現時点では、毎日新聞だけがとりあげている問題に、国家戦略特区のワーキンググループ(WG)で座長代理をつとめる原英史氏をめぐる報道がある。毎日新聞が6月11日に報道した「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円会食も」と題された記事だ。この見出しの「WG委員」とは、原氏のことであるが、記事では識者のコメントも利用して、あたかも原氏が「公務員なら収賄罪に問われる可能性」もある行為をしていたとする印象を読者に与える記事だった。記事によれば、原氏と「協力関係」にあるコンサルタント会社が、国家戦略特区の提案を検討していた学校法人からコンサルタント料を受け取っていたという。そして「コンサルタント会社の依頼で、提案する側の法人を直接指導したり会食した」という内容のものだった。
これは毎日新聞の記事で指摘されていることだが、あたかも第二の加計学園問題を感じさせる書きぶりである。この記事については、すでに当事者の原氏から事実誤認であるとした厳しい反論が出ている。そもそも金銭や会食の供与をうけたわけ事実はない、と原氏は断言している。単にコンサルタント会社は、コンサルティング業務の対価として法人側から適切な報酬を得ているだけである。しかもこのコンサルタント会社と原氏が深い利害関係を有しているわけでもない。いったい何が問題なのかまったくわからない。また、原氏が法人に規制緩和の助言をすることは、まさに規制緩和を行う政府の職務からいって当然である。原氏のどんな活動が問題なのか(違法性があるのか、道義的問題があるのか)わからないまま、なんとなく「疑惑」を抱く記事になっている。これはメディアの在り方とした正しいだろうか? 
WG座長の八田達夫大阪大学名誉教授も国家戦略特区諮問会議の席上や、また毎日新聞社からの取材に対しての返答を公開するなど、毎日新聞の報道を批判している。この八田座長の批判では、メディアの「反市場バイアス」が厳しく指摘されている。
国家戦略特区は規制改革の仕組みである。既得権者によって過度に保護された規制分野を、消費者や生産者など多数の恩恵が勝るときに、その過度な保護を緩和・解消する試みだ。規制する側は、過度な保護をうけている既得権者の利益を代弁する官庁である。規制官庁に対して、規制改革を望む民間の提案者と、WGの委員が共同で対決し、また委員が提案者(このケースでは事業者)に助言することは適法というよりも、この特区制度の仕組みでは当然のことである。
毎日新聞の記事は、この規制改革の仕組みを理解していないのかもしれない。規制改革を特定の利害関係者「だけ」が恩恵をうけているような、規制改革ならぬ一種の斡旋行為みたいに考えてしまっているのではないだろうか? もしそうなら誤解を正すべきだろう。