張武静・樋口裕子『雪花』(NHK出版)

中国語のテキストの形式をとっているが、中国の文革期を経験したひとりの女性の回顧録になっている。

 

この本を見つけたのはつい数日前で、とても驚いた。出版は半年以上前だがまったく気が付かなかったが、この感動的な小品をぜひ多くの人に読んでほしい。

 

文革期初期で父親がその政治的な弾圧によりすでに命を落とし、北京に残された妻とその幼い娘(幼稚園から小学校はじめまでが描かれている)のふたりの日々が描かれている。少女のすぐれた記憶力によって細部まで再現された当時の人々の暮らしの苦しさ、喜び、不安と希望が、時に理を尽くし、時に抒情的に書かれている。

 

中国語の本文(音声がDLできるようにもなっている。著者自身の声である)と樋口裕子氏による翻訳と本文を補う詳細な解説の組み合わせは、この異例な中国語テキストを見事な文学作品にまで昇華している。

 

さて冒頭で驚いたと書いたが、それは著者の張さんのことを知っているからである。もう10年近くお会いしていないのだが、本作に描かれた文革期の彼女の回想の断片は、はるか昔にご本人の口からきいたことがある。特に本編の題名になっている「雪花」のエピソードは印象深いだろう。また「おばさん」のもとに千数百キロの列車の一人旅のエピソードも本作とは違う角度で聴いたこともある。これらのエピソードを聴いたときに、その経験があまりに鮮やかなので書き留める必要があるのではないか、とも思った。実は彼女の了解を得て、はるか昔、いくつかの断片を記録したことがあった。その意味でも、張さんと樋口さんの努力と版元の理解で本作が形になり後世の残ることを本当に喜ばしく思う。

 

物語は小学校に上がってまもない時点で終わるのだが、張さんの人生の波乱はそこからも続いているはずである。ぜひこの続きをいつか世に残してほしい。

それと余談だが、張さんの中国語は非常に洗練されたエレガントなものだと思う。ただ残念ながら僕には本当のところはわからない(中国語は低レベルなので 笑)。音声ファイルは教育用になっているはずなのでわからないかもしれないが、中華人民共和国が誕生する前に中国の知識階層が共有していた知的伝統が彼女の本当の声には残っているはずである。その傍証は、本書にも描かれている。

 

amazonのレビューも高評価ばかりなのも本書のすばらしさを表しているだろう。ちなみにこれまた余談だが、中国語勉強しなおそうかな 笑。

 

やさしい中国語で読む自伝エッセイ 雪花 (音声DL BOOK)

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