福田徳三、「福田徳三著作集」の紹介

 社会政策(再分配政策も含む広範な社会改良政策)を戦前の日本で主導し、今日まで評価されている経済学者 福田徳三についての簡単な紹介の短文(藤原書店のPR誌「機」の昨年末に掲載されたものの草稿)と、本文中でも紹介した現在刊行中の一大プロジェクト『福田徳三著作集』(信山社)に既刊タイトルを列挙します。

福田徳三

田中秀臣

 福田徳三の再評価が加速している。明治後半から昭和初頭にかけて日本の経済学をリードした巨人は、福田徳三と河上肇だった。福田と河上は、当時の経済論壇をリードし、その貢献はアジアや欧州でも広く認知されていた。両者の死後、ふたりの評価は最近までかなり非対称的なものだったといえる。河上には優れた編集による著作集や全集が早くに完備し、彼の業績についての研究や一般への啓もうも盛んだった。他方で、福田の評価は長く放置されていた。状況が変化しだしたのは、20世紀の終わりごろからであった。東西冷戦の終焉をうけ、世界がグローバル化をすすめる中で、先進国の経済体制―福祉国家レジーム―の見直しが検討されてきた時勢と一致する。福田の専門的研究が複数の異なる分野(経済、法律、政治など)で意欲的に開始された。一橋大学図書館を中心とする書誌学研究も一挙に進んだ。この流れは、21世紀の今日、筆者も関係する『福田徳三著作集』(福田徳三研究会編、信山社、刊行継続中)などに結実している。またNHKが福田徳三を日本の近代を生んだ人物のひとりとしても紹介するなど再評価は、一般レベルでも進んだ(『日本人は何を考えてきたか』大正編)。

 では、福田はどういう意味で日本の近代を生み出したのだろうか? 一言でいうと、福祉社会の先駆としての意義である。福田の経済学は、ドイツ歴史学派とイギリスの厚生経済学の伝統を受け継いだものだった。今日のグローバリズムの思想的基盤ともいえる「市場原理主義」的な見方と、福田の考えはまったく異なる。市場はそのままで放置すれば、働く人たちや経済的な弱者を困窮化させる過酷な機能を持っている。福田は、市場メカニズムは、国家や社会との対抗や協調の中でこそ、上手く機能するだろうと考えた。

社会はそれ自らの力で、または社会が国家に働きかけることで、この市場の暴力を抑制することが必要である。具体的には、国家が人々の生存権を認めること、労働法規の整備、組合活動への社会的支援、賃金・待遇の改善、失業者対策などである。今日の憲法では、すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活」をする権利が保障されている。この戦後の生存権の保障は、日本の福祉社会の法的基盤のひとつである。もちろん本当にこの生存権が保障されているかは、深刻な課題のままだ(参照:立岩真也他『生存権』同成社)。

福田と今日の憲法との関係は自明ではない。ただ現行憲法の人権関係の条文に伏在する理念の多くが、福田の生存権を中心とした発言の数々に、明示的に読み取れることは確たる事実である。日本国憲法の理念はその意味では、単なる占領軍の「押し付け」の産物ではない。日本の社会に根をもっていた。

福田の経済学の特徴を、女子労働問題に即して簡単にふれたい。福田はマルクス主義に対して非常に強い対抗意識を持っていた。マルクス主義の女性(労働)観を、唯物史観に基づく階級主義的なジェンダー平等論として福田はとらえた(ジェンダーという用語を福田はもちろん利用してはいないが)。他方で、彼はマルクス主義唯物史観を、膨大な人類学的知見から否定し、独自の史観を提起することで、彼なりの女性(労働)観を鍛えた。

福田の歴史観は、「流通社会論」と総称できるものだ。人類はその歴史の始めから強者と弱者の経済的な力の差が顕在化する交換(=流通)社会である。今日、女性は典型的な経済的弱者の地位に甘んじている。製糸工場の女工の過酷な待遇や、関東大震災で被災した女性たちの失職状況を特に念入りに調査し、その現状の改善を福田は訴えた。

福田のジェンダー論的な側面も含めて、その福祉社会論の今日的意義は尽きることはない。

 人物プロフィール

 福田徳三(1874-1930)。日本の近代経済学の父。ドイツ歴史学派のブレンターノに師事。マーシャルやピグーらのイギリス新古典派経済学の影響も受ける。生存権の社会政策を唱え、今日の福祉社会論の先駆者のひとりである。東京高商(現一橋大学)や慶應義塾大学の商業教育、経済学教育に重大な足跡を残した。特に前者では、中山伊知郎、後者では小泉信三らが、「福田経済学」の代表的な後継者である。福田はマルクス経済学の日本への導入にも重要な足跡を残していて、また同時に最も手ごわい批判者としても君臨した。河上肇はその意味での終生のライバルであった。現在、福田の業績を総覧できる『福田徳三著作集』が刊行中である。

『福田徳三著作集』既刊。田中秀臣は20,21巻を担当予定。

社会政策と階級闘争 (福田徳三著作集第10巻(第1回配本))

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国民経済講話(1) (福田徳三著作集第3巻(第5回配本))

国民経済講話(1) (福田徳三著作集第3巻(第5回配本))

復興経済の原理及若干問題 (福田徳三著作集第17巻(第2回配本))

復興経済の原理及若干問題 (福田徳三著作集第17巻(第2回配本))

黎明録 (福田徳三著作集第15巻(第3回配本))

黎明録 (福田徳三著作集第15巻(第3回配本))

暗雲録 (福田徳三著作集第16巻(第4回配本))

暗雲録 (福田徳三著作集第16巻(第4回配本))