デヴィッド・スタックラー&サンジェイ・バス『経済政策で人は死ぬか?』

 著者二人は経済学の専門家ではなく公衆衛生学の専門家である。経済政策の失敗が公衆衛生を悪化させることで実際に人を病や死に追いやることを実証的に分析した名著とよべるものである。従来でも経済政策の失敗が不況をもたらし失業者や過重労働などを生み出すことは知られていた。他方で失業などが多くの人を自殺、自殺未遂、自殺を考えざるをえない環境に追い立てていることも実証分析がすすんでいた。しかし前者と後者を因果関係から結び、不況そのものよりも不況の中での経済政策の失敗が人を殺すものであることを考え、実際に検証した業績はあまりなかった。

 不況そのものについては著者たちは、国民の健康を害する面と反対に健康促進の面があることを指摘している(後者は所得減少でアルコール摂取が制限されることなど)。しかし不況で職を失う事(所得減少よりも大きい)が、その人の生きがいを奪うことで自死に追いやることを統計的に示している。

 処方箋は不況のときの緊縮ではない。不況のときこそ自殺対策、公衆衛生への支出など政府部門の積極的な拡大が必要であり、それは多くの国民の生命を実際に救済するだろう。

 国債の累増を盾にとるかのように不況を脱しない段階で、「将来世代のため」と自己満足的な言い訳で財政再建を志向する経済学者や官僚、政治家、マスコミ関係者が実に多い。特に経済学者のどーでもいい自身の所属するムラだけに通用する論理に逃げる欺瞞性は眼もあてられない。そのような人たちはいまも自分達の「クリアな論理」が人殺しに加担するものだということを反省すべきだろう。

 本書が経済学のプロではないものによって書かれたことは、いまの経済学者の知的・倫理的腐敗を表してもいる。

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

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