いまの日本に徴兵制を実施したらどうなるか(簡単な経済学的視点から)

 Twitterで徴兵制導入すべし、という意味不明の発言を最近よくみるようになった。基本的に、ただの若者には根性や防衛意識が足りないなど、無責任な発言によるものが大半だ。ただし知的な関心もある。徴兵制をいまの日本に導入すればどうなるだろうか。それをポール・ポーストの『戦争の経済学』を利用して簡単にみておく。

 最初に結論でいうと、いまの日本に徴兵制をひくと、1)防衛力が低下する可能性、2)若い世代の人的資本の蓄積が歪む(ムダが発生)する可能性があるということだ。

 ポーストの本は、主に徴兵制からAVF(総志願軍)への転換という先進国の主流の流れを分析したもので、日本の一部の無責任な論説のように徴兵制への転換とは異なる。なのでこのポーストの視点を逆転させる必要がある。

 まず総志願軍の場合は、他の公務員の賃金やまた民間の賃金との競合を考えなければいけない。それに対して徴兵制は基本的にその問題はそれほど意識しなくていい。そうなると一定の予算の中では徴兵制の方が割安なので多くの人材を集めることができ、総志願軍の方が少なくなる。

 そしていま総志願軍から徴兵制に切り替えるとする。政府が防衛力で利用できる資源は主にふたつ(労働と資本=装備)だ。いま資本に比べて労働が割安になったので、政府は以前よりもより労働集約的な軍備を目指すだろう。つまり資本集約性を高めて兵器や装備の現代化をどんどんすすめていく先進国のトレンドに逆らって、わざわざ『気分はもう戦争』にでてくるような大量人員にライフル一丁みたいな世界をすすめていくわけだ(ちょっと大げさに誇張しているが)。

 さらに人的資源の配分はより深刻なダメージをもたらす。基本的には個々の家計への課税と同じ死荷重が発生していると考えていい(この点はかなり前、このブログでとりあげた学生にボランティアを強制させるのは課税と同じ、とほぼ似たロジックだ)。

 いま徴兵制の場合は、大規模な兵員に一人人員を追加しても、その人のもたらす労働の限界生産物はたかがしてれいる。つまり一国の防衛力になんの有意義な意味も与えない(アムロかシャアでもないかぎり)。この労働の限界生産物が低いということは、もちろんその人の適性などは無視してとりあえず軍隊に「防衛意識を高める」「愛国精神の発露」とかいう名目でどんすかいれるときにさらに深刻になる。その徴兵された人の多くは、適性もやる気もない人たちだろう(だからやる気をおこさせるのであ〜〜る、と大声で叫ぶ人がでてくるが 笑)、それに向かない作業をやらすということは、簡単にいうと人的資源のムダ使いだ。わざわざ機会費用が高い人に、その人を徴兵するのが金銭的に安上がりだ、というだけで兵隊業務をやらせるのに似ている。

これはいまワープロ入力も、また論文作成能力も両方高い人(あえて勝間さんと名前をつける)が、ワープロ入力能力は勝間さんより劣る秘書を雇うとしよう。自分より入力は劣るが、それでも勝間さんはワープロ入力が余った時間で、さらに論文作成をすることが可能になる。また彼女が自分の新しい可能性を見出すことにその時間と人的資源を使うことができる。しかし徴兵制とは、この選択肢をうばい、勝間さんにワープロ入力を行え、と命ずることに似ている。

 ポーストの本ではヨーロッパ諸国やベトナム戦争後の米国の事例が多く紹介されている。ほとんどが徴兵制から志願制に転換したことが多かれ少なかれムダを省き、軍備の効率化をすすめていることを実証している。日本で徴兵制を叫ぶ人はこの流れを反転させようとしているようにみえる。

 簡単にまとめる。

1)いまの日本に徴兵制を導入することは、軍備の質的な劣化を招き、防衛力をさげる可能性が大きい
2)若い世代の人的資源の配分をゆがめることで、個人はもちろんのこと長期的な日本の国益の損失を招く

である。日本の防衛力を本当に高めたいのであれば、日本の防衛産業を救うために円高デフレを脱却し、さらに防衛費を増額するには、経済規模を緩やかに高めていけばいい(ほかの多くの国もそうしている)。

 また学生たちに一時的にであれ強制的な自衛隊参加なども多かれ少なかれ上記の高い機会費用の問題をクリアできないだろう。せいぜいそれをすすめている人間の「愛国心」や「防衛意識」という個人的感情のおしつけになりやすいだろう。

 ところで注意すべき点をひとつ。ここでも財務省が臭くなる可能性あり。徴兵制は予算総枠はおさえることができるので、財政再建にはむく可能性がある(まさに視野狭隘の手本だが)。そのためだけに「愛国心」や「防衛意識」を利用する可能性もあるかもしれない。ここは今後よく注意すべき。財務省にとって防衛力や国防なんてどーでもいいんだから(財務省官僚個人ではなく組織の目的としてね)。

戦争の経済学

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