なんで日本っていつまでも停滞してんの

 雑誌『電気と工事』に書いたエッセイの再録

 まずお財布をだしてみよう。そして紙幣を広げてみる。おなじみの面々の顔や建物(守礼の門)があるだろうけど、その横に大きく「日本銀行券」とか「日本銀行」の文字があるだろう。この紙幣が日本銀行が発行したものであることがわかる。
 さて実はこの事実を知るだけで、もう今回のテーマである、日本がなんでこんなに停滞しているかの答えがわかってしまう。とりあえずいまは頭の中に国内で流通するお札は日本銀行「だけ」が供給しているってことを覚えておこう。

 日本が「失われた20年」だとか、あるいは「世界経済危機」だとかで、ず〜っと長期の停滞にはまっているのはみなさんも十分ご存じだろう。最近では、円高やデフレのせいで日本の企業も働く人たちの生活も大変な状況だ。いまの円高やデフレがどうして日本の経済にダメージを与えているかを簡単に説明してしまおう。

 ところでよく新聞ではデフレとかインフレとか書いてあるけど、それはどんな意味なんだろうか。デフレというのは物価が下落すること。でも「物価」なので、コンビニのおでんが安いとか、ユニクロが安いとか、そういう問題じゃない。「物価」というのは、日本で売られているいろんな商品やサービスの「平均」価格。平均してモノやサービスの価格が低下している現象。その額に平均してモノやサービスの値段が上がっているのがインフレ。

 ところで質問。デフレ(インフレ)のときにその価値が絶対に低下(上昇)していないものはなんだろう? そう答えは、さきほどお財布から取り出した紙幣の価値。デフレになるとモノやサービスの価値は低下するけれども、紙幣の価値は逆に高まる。反対にインフレになるとモノやサービスの価値は上がるけれども、紙幣の価値は逆に低下する。特にハイパーインフレーションというのがあって、これは年率でも100%超の高いインフレだけど、なかにか年数万%の猛烈なタイプもある。こうなると紙幣の価値はどんどん低下して、まさに紙屑。ちなみに僕の手元には、なんと10兆ドル紙幣がある。実は僕は億万長者じゃなくて、ビル・ゲイツやバフェットもびっくりな国際的お金持ちでした……てなわけはなく、実はドルはドルでも、アフリカのジンバブエで使われていたドル紙幣。あそこも猛烈な数万%のインフレのせいで、この10兆ドルもせいぜい日本でコーラぐらいしか買えないものだ。でも、僕は日本でこれを冗談で、飲み屋さんで見せたら、なんと1万円の飲み代と交換できてしまった(笑)。まあ、これは例外。

 さて日本はこの20年近くずっとデフレだ。つまりモノとサービスと比較して貨幣の価値が高い状況。なんで価値が高いかって? ダイヤモンドと石ころはどっちが価値があるでしょうか? そうダイヤモンドの方が圧倒的。その理由は? それは石ころはそこらに豊富にあるけれども、ダイヤモンドはめったにお目にかからないから。つまり数が少ないから価値をもつ。デフレも要するに、モノやサービスに比較して、貨幣の数が足りないから貨幣が価値をもつということ。さっきのハイパーインフレはそのまさに逆で、日本の僕が気軽に(?)10兆ドルを持っているように、貨幣の数が多すぎるから貨幣の価値が極端にない状況。

 さていまの日本はどうやらデフレ、つまり貨幣の数が少ない状況みたい。でもこれがどうして不況とか長期の停滞につながるの? その答えをうまく比喩を使って説明した人がいる。

 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンプリンストン大学教授)。彼の「子守協同組合」モデルというもの。クルーグマンの話は子どものいる夫婦が何百人か集まって、自分たちが用事(夫婦のデートや買い物や緊急の用などなど)があるときに一晩子どもを他の家族が面倒をみるという「協同組合」を立ち上げたというものだ。これは現実のエピソードをもとにしている。

 この子守協同組合のユニークな点はクーポンを組合員に配り、子守をしてもらう人が子守をする人にクーポンを手渡すというシステムを開発したことにある。このクーポンのおかげで外出することが多いときにクーポンを多く使い、他方で外出することが少ない時期には少しクーポンを多く貯めるために子守をすることが可能になった。

 ところがこのクーポンシステムはうまくいかなくなってしまう。組合員の多くがよりクーポンを増やしたいと思うようになり、クーポンを使う人たちをはるかに上回ってしまったのである。そして子守協同組合の活動は「停滞」してしまった。

 この状況は簡単に経済の話題に読み替えることができる。クーポンをより多く持ちたいと願った人は、実は老後が不安でより多く貯蓄している人や、経済の先行きが不透明なので消費を手控えている人とまったく同じだ。彼らも将来の必要に備えて現在の消費を控え、せっせと現金を手元にためこんでいるといえる。その反対にクーポンをより多く使いたい人は、一種の子育てに投資をしている人とも考えられる。同じように、経済全体をかんがえてみると、それは投資をする人よりも貯蓄をする人がはるかに上回ってしまうために経済が停滞していると言い換えることができるだろう。

 では、子守協同組合が停滞から抜け出す方法はあるだろうか。答えは簡単だ。クーポンの配布量を増やせばよい。組合員カップルは手持ちのクーポンの数が増えたのでこれで溜め込もうとする動機が緩和して、以前よりも外出してクーポンを利用するようになる。子守協同組合は「停滞」から抜け出ることに成功した。これは現実の経済では貨幣の流通量を増やして、人々が貯蓄を減少させ投資を増加させることと同じである。

 さて冒頭で書いたように、僕らの使っている紙幣には、日本銀行が発行したものである、と記されている。ここでの子守協同組合は、日本におきかえたら日本銀行のことなんだよね。つまりデフレを伴う停滞には、日本銀行がより多く貨幣をすれば解決するんだってこと。 これを知っておくとかなりいまの日本の経済問題を理解するうえでも役立つこと間違いなし。

さらに丁寧な日本大停滞の解説は以下の本に↓

日本建替論 〔100兆円の余剰資金を動員せよ!〕

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