雇用関係雑感&民主党の雇用対策は?

 日経ビジネスのインタビュー記事は、いま気がついたけど結構注目を浴びてたんですね。はてブとかいま見ましたが。

http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090820/203030/
http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090820/203030/?P=1

 まあ、インタビューの中の企業内失業、派遣労働禁止、公的雇用拡大、というのはどちらかというと僕の本題とは脇にそれたテーマで、インタビューの主眼は、景気対策が重要(特に金融政策と財政政策を積極的に)、それと長期不況に転じさせないこと(最も基本的に僕は90年代からの長期不況の悪化継続といまの日本の状況をみているだけですが)の二点だと、と思います。

 失業率も5.7%と最悪を更新してしまいました。ラスカルさんたちの分析もあるのですが、ただ総需要縮小という効果の前に、ある種の産業が雇用増をみせているというのは、その看護などの部門の雇用増というよりも供給サイドの公平賃金(これくらいの賃金ならば自分の働く規範に適応できる最下限の賃金水準)の切り下げが効いているからではないか、という気がします。そうであれば、総需要の回復にはほとんど貢献しないか、むしろマイナス要因でしょう(ここらへんはもう少し複雑に分析可能ですが)。他方で、職業訓練を促すというのは対策としては公平賃金の切り下げが雇用増の背景ならば,さしてこの部門の雇用増加に直接は繋がらないのではないでしょうか? いずれにせよ緊急避難的な雇用先があることはいまの状況ではないよりは数段ましな状況でしょう。公的雇用などもそんな認識で話しているわけです(特効薬ではまったくないわけです)。

 それとこれは最初に戻りますが、要するに決定的に重視しなければならないのは、「底打ち」とかなんとかではなく、不況を継続しないことでしょう。

 インタビュー記事

 http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090820/203030/?P=1
 http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090820/203030/?P=2(金融政策の役割が決定的に重要)
 http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090820/203030/?P=3(長期不況化させないこと)

 ラスカルさんの記事
 http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20090830

 それと民主党の雇用対策がどうなるかです。この前、ラジオで城繁幸氏が「雇用対策と景気対策は違う」という趣旨の発言をされてて、それに対して私は「景気対策こそ最善の雇用対策である」と言い切りました。以下のソフトバンクメールマガジンに寄稿した民主党の雇用政策への批判もその文脈で書いたものです(一定期間経ったのでこちらにも転載します。ご参考ください)。現時点で、民主党が何を本当にするのか見えてきませんが。

民主党日本銀行に雇用の安定を求めよ」

 自民党民主党のそれぞれの政権公約マニフェスト)が発表された。マスコミでは財源論をめぐってマニフェストの検証が行われている。今回は民主党の経済政策について書くことが依頼時の約束だった。両方比較すべきだが、これを書いている段階(8月1日)では、自民党のものを書きたす余裕がない。とりあえず片翼で申し訳ないが、民主党のものに絞らせてもらう。

 前回の論説のなかで僕は以下のように書いた。

<比喩的にいえば、経済には潜在能力フル回転の潜在GDPと、現実の体力を示す実質GDPがある。この潜在能力を達成しているときには、完全雇用が達成されていると考えるわけである。そして潜在能力と現実の能力の差を、GDPギャップという(日本経済の体力格差みたいなもの)。だいたいこの日本経済の体力格差は、ここ1、2年は70〜80兆円の間ぐらいと推測できる。この格差をいかに縮小するかが、いいかえると人々が失業せずにすむ水準まで、日本経済の体力を回復することが、経済政策の取り組む大きな課題である。>

 この日本経済の体力格差は、「底を打った」として次第に縮小するものと期待されている。本当かどうかはわからないが選挙向けの願望もあるだろう。他方で失業率や有効求人倍率といった雇用環境の悪化、それにデフレの傾向に拍車がかかっているようだ。ここでは必要とされる体力格差を、例えば経済財政諮問会議(2009年3月25日)の岩田一政氏の発言を援用して、「13.5兆円から 22.5兆円」だと考えておこう。僕はもっとあると思うがここは共通の土台にのりたいのでこの数字を採用する。

 まず政権獲得に大きな期待が寄せられている民主党マニフェストhttp://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/pdf/manifesto_2009.pdf)からこの体力格差が埋まるのかどうかみてみよう。民主党マニフェストはかなり数字が具体的なので計算しやすいのが特徴だ。マニフェストの3ページ目の工程表をみると、22年度での家計などへの所得移転の額は、7.1兆円である。これに最低賃金引き上げや中小企業補助などが段階的に実施とある。いずれにせよ8兆円にはいかない規模だろう。ただ23年度以降は12兆〜13兆円超規模の家計などへの所得移転が行われるようだ。

 ところでここで「財源論」の登場である。民主党マニフェストだと25年度に16.8兆円の家計などへの所得移転が、主に行政機構の見直しとして25年度に16.8兆円削減と見合う形で実現されている。ところでこれは25年度の予算の帳尻である。それに先行する来年22度から24年度までの総額32.9兆円超の金額への「財源」は不明確である。ただより一層の行政機構からの経費削減でこの財源問題に適応するつもりなのかもしれない。少なくとも極端な増税や新規国債の発行を避けることが民主党の政策のひとつの特徴となっている。

 ところで従来からの民主党の経済政策を語る上で、最もすぐれた論考は、『Voice』2009年6月号に掲載された安達誠司氏の「景気回復を潰す政権交代」である。安達論文に僕の見解をミックスしてみると、1)緊縮財政方針の堅持(新規国債発行になるべくたよらない)、2)産業政策の導入(政府自らが有望な産業を選択、これに対して集中的に財政援助を実施)、3)金融引き締め路線(金融政策に対して積極的言及なし、しかも非伝統的金融政策への否定的な文言をわざわざ導入し、特に利上げに親和的) という3つの特徴を、従来の民主党の経済政策はもっている。この3つの特徴のうちマニフェストには1)が特に濃厚に表れている。2)は環境技術へのイノベーションなどに限定されている。2)については政府が新産業をリードする可能性は実証的に支持できないということが通説である。もしそれでもこだわるならば「新産業創出」という名のバラマキだと思えばいいだろう。

 1)は、財源論のところでもみたように、そもそも政府部門の非効率性を削減して、それで余ったお金を政府から民間の家計(特に低所得者層)に所得移転する方法である。しかし安達論文では、この民主党の政策は、低所得者層が公務員(とその関係者)よりも限界消費性向が高いことという前提に依存している。しかもこの前提は実証的に支持できない。さらに低所得者層がより一層貯蓄性向の方を高めてしまえば政府部門の非効率性の改善自体が、結果として景気をさらに落ち込ませるという面に注目している。

 しかもそもそもこの政策がたとえうまくいったとしても規模として、「13.5〜22.5兆円」の需給ギャップを解消するのか疑問である。パイの大きさを一定にしたまま、その切り方をかえるだけの方策でしかない。問題は日本経済の体力格差を埋めるだけパイの大きさを拡大することなのだが。

 さらに3)で指摘したように、マクロ的な金融政策にもきわめて慎重である。例えば鈴木淑夫参議院議員民主党)は、『日本の経済針路』(岩波書店、2009年)の中で、円高・デフレ・預金が目減りしない利上げに耐える日本経済を作ることをうたっている。現状で、この円高、デフレ、預貯金が目減りしている低金利はすべて日本銀行の長年の金融政策の失敗がもたらしたものである。

 失業率が過去最悪に迫る中でも、10年先のインフレ予想が安定しているので金融緩和を行うことはない、と公言している日本銀行がいかに国民経済の厚生と縁遠いものかは一目瞭然であろう。10年先に人々が物価が0%で「安定」している予想をもっているからといって、その10年の間に不景気や失職の惨状を放置していていいものだろうか? ちなみに米国の中央銀行であるFRBも長期のインフレ予想は安定的だが、その一方で周知のように、金利が事実上ゼロでも多様な手段で金融緩和を行っている。それはFRBの使命が、物価の安定と同時に雇用の安定にもあるからだ。雇用の安定を省みない中央銀行など国民の観点からは不用であるといって差し支えない。

 もし民主党マニフェストにあるように、「暮らしのための政治」を主眼にするならば、10年先のインフレ予想=物価安定の幻想にこだわり続け、結局は雇用環境の悪化を放置している日本銀行に対して、物価の安定と雇用の安定の両方を使命として課すという、日本銀行法の改正を提起するくらいの見識があっていいのではないだとうか? 日本銀行の使命に、雇用の安定が欠けていることが、結局は民主党の政策の運営自体を厳しい環境におくものになることを自覚すべきだと思う。