露骨な富裕層優遇よりも政府紙幣が嫌われる理由とは?

 『週刊東洋経済』を一日早く読んでいるんだけど、今回の特集は「土壇場企業」。さて注目すべき記事は四つで、ひとつはミニ特集だけど児童の貧困などの身近な問題ルポ。河野龍太郎氏の経済を見る眼は日本はもう長期大停滞に入った、というもの(僕は基本的にずっと入っていると思ったんだけど)、ケネス・ロゴフの「そんなに悲観的なのもいかがなものか」という話、そしてライターの福永宏さんの政府紙幣反対論になる。


 福永さんの記事の詳細は読んでいただくことにして、政府紙幣の反対の根拠がこの記事には総ざらえであり、基本的に過去の昭和恐慌期のリフレ政策の思想をそのまま継承している政府紙幣発行にこれほど拒否とは、知人の福永さんが書いたものとはいえ、東洋経済としていかがなものかと小一時間。

 この福永さんの反対論の根拠も要するに、政府紙幣の発行が、法律で禁止されている日本銀行国債引き受けと同じである、というものであり、それが禁止されているのは、財政規律の喪失と通貨の信認の下落である、というものである。

 まず話の前提として、政府と日本銀行の二種類の紙幣が市中に流通することが問題なので、日銀が経由し(ここで福永論説だと日銀のバランスシートの問題が発生するらしい)て流通することが大切らしい。まず簡単にいうと、二種類紙幣が流通しても問題はないと考える。額面の工夫、デザインの工夫、さらには材質の工夫(その昔、高橋さんはプラスティックマネーの発行を唱えた)でもいいだろう。そうすると福永論説の(僕にはよく理解できない)日本銀行を経由する必要はなくなる。終り。


 だがどうしても日本銀行のバランスシートの問題にしたい勢力もいるだろう。そこで福永論説をさらに拝見すると、

1)政府紙幣国債引き受けよりもさらに悪い。なぜなら市中売却ができないから。 →日本銀行と政府が協調できているはずなので(そうでないわけは議論の前提からありえない)、不況脱却後に、バーナンキのボンドコンヴァージョンと類似のアコードを結べばよい。http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080910#p1

2)運用益のない資産をもつのに等しいので日本銀行のバランスシートが毀損して円の信認落ちる → 円の信認が落ちるというのはだいたいこの種の論者はインフレになるのと同じことを意味している。しかし政府紙幣発行は、デフレないしデフレ懸念経済をインフレにする政策であるからそもそもそれでいいわけである。急速なインフレが怖いのならば(その理論的・現実的可能性はほとんどないが)、前記のアコードとともにインフレ目標を設定すべきである。さらに運用益のない資産でありなおかつバランスシートが毀損するならば、それは民間のあまりよろしくない資産を購入するのと同じであるが、それもFRBなどが考慮しているように僕は行う根拠があると思う。いずれにせよ、この反対は、いわゆる岩石理論(積極的な緩和政策をするといままで斜面で止まっていた岩石がいきなり猛スピードで転がりだして斜面の下の住民を押しつぶす=デフレからハイパーインフレへの一挙ジャンプ)と同じで、単なるデフレないし不況脱却の責任をとりなくない、という理由に等しい。

3)政府紙幣発行益は将来の日本銀行の利益を、政府が発行時に先取りするに等しい。これが理由がよくわからないが、確か運用益がでない資産の話だったのに将来はでるということになっている。う〜ん、よくわからないけれども、もし3)のようならば、まさにボンドコンバージョンの設計でこの種の議論は回避できるだろう。どうもこの理由で政府の歳入を将来増やさないといいたいらしいが、でも不況を脱却できれば、税収も増えるわけで、要するにこの種の根拠も、よくある景気回復したら税収よりも国債の利払いの方が「絶対」にはるかに上回るので、名目成長率の伸び(=国民の懐が暖まるの)は百害あって一利なし、という与謝野路線と同じイデオロギーなのであろう。中途半端な景気回復期を経験したのでわかるが、低い成長への回帰でも税収は飛躍的にのび、国債残高の伸びは抑制された。いま成長が下方屈折して税収の大減少が問題であり、この種の議論はいったい何をしたいのかよくわからない議論の典型である。つまり成長しないでいい=デフレ放置と同じであろう。


 ところで無利子非課税免国債だかなんだか、というのはsvnseedsさんがここhttp://d.hatena.ne.jp/svnseeds/20090213#p1で書いているように、ただ単なる富裕層への優遇措置でしかないわけだが、なぜかそれへの批判はネット以外ではみかけない(あるのかもしれないが)。そして政府紙幣発行については、要するにいままでのデフレバイアスにみちた財政再建派と日本銀行理論をもとにした反論であり、それは国民全般の利益優先よりも、日本銀行のバランスシートの健全化自体の目的化(バランスシートを「悪化」させないと景気回復ができないのに! →各国中銀をみよ)、財務省国債利払いへの根拠なき恐怖症(景気が悪化していけばさらに恐怖は高まるのに!)をもとにしていて、そのイデオロギーをそのまま引き継ぐものであろう。


 ちなみに金利引き上げを待望する層の支持を、日本銀行財政再建派は毎度利用しているが、この無利子非課税国債もまた、たいして相続税を払う心配のないお年寄りたちの広汎で(僕には完全に不合理と思えるけど…だってお年寄りの大半は大して相続税をそもそも払わないから。これは大して貯金がない人たちが金利上げを求めるのに似ている)根強い支持をうけそうな気がする。それは単に現役世代との格差をさらに深刻化させ、また同時に富裕でないお年寄りの生活も困窮させると僕は思うけど。

 政府紙幣反対、無利子非課税国債のスルーは、ちょっといただけない。

 あとこれは別に積極的に主張したいわけではないけれども、もし政府紙幣の20兆円発行という高橋案が「怖い」「責任とりたくない」という人が多いのならば、地域を限定して、額も数百億から数千億のレンジ(額は地域の規模などでいかようにもしていいから)で政府紙幣の社会実験(政府紙幣を利用した減税や社会保障減免など、あるいは政府紙幣を裏づけにした当該地域住民への給付金)をしたらどうだろうか。それをみてから効果と弊害の議論をしてもいいのではないかなあ(本当はそんな悠長なこといってられないから政府紙幣発行なんだけども)。僕ならばその実験の当該地域にいたいけどね 笑。