書評:『服従の心理』

週刊東洋経済』に掲載されたもの。これを書いたときはインフルエンザA型のために熱が39度近くあり、正直フラフラ。熱のためか実力かはわからないが、あまりうまく書けなかった。

書評:『服従の心理』

 家庭では優しく知的な人が、組織の命令によって時には大量虐殺にまで手を染めてしまうのはなぜか? 強制収容所で大量虐殺を指揮したナチス高官アイヒマンが、実は凡庸な官吏にすぎなかったことは世間に衝撃を与えた。ミルグラムは誰でもが権威に服従して、悪の怪物のようになってしまうことを、心理学の実験として論証しようとした。俗に「アイヒマン実験」という。この実験は、被験者がある人物に強い電撃を、実験者の命令をうけて与え続けるものである。ほとんどの被験者は、電撃を加える相手が苦痛を訴え、中止を求めても、権威(実験者)の命令にしたがって最高の電圧を与えてしまうことがわかった。電撃を加える方は、命令にしたがって単に義務を履行しているだけであり、良心的な葛藤はあまり観測されない。むしろ権威の期待に応えているという一種の満足感を被験者は抱いている、とミルグラムは指摘している。権威の力によって人間の感情の方向まで変化することを示していて、実に恐ろしい書物である。
なぜ有能な人々が集まる組織が、ときには信じられないほどの破滅的行為をしてしまうかも本書からわかる。日本の英知を結集しているはずのエリート官僚たちが、長期的には破綻するにきまっているのに、今日もせっせと財政赤字の構築に余念がない。官僚たちの多くは前任者の仕事を変更しないことをもって責務と考えている。これもまた権威への服従ゆえの非合理的な行為である。本書を読むと、服従の心理を克服する処方箋には、当事者たちが自らの身の回りだけの利害だけではなく、全体的な利害に責任を負うべきことが重要であることがわかる。しかし同時に、そのような全体的な利害への配慮は日々疎んじられてしまうことも本書はわれわれに教えているのだ。

服従の心理

服従の心理