金子勝『閉塞経済』の閉塞的混乱

 金子氏の新刊『閉塞経済』。

 あいかわらずの議論(問題の列挙とそれに伴い新しいレトリックの開陳、処方箋の事実上の不在)なのでコメントするのもどうかと思ったが一点だけに絞り紹介。

 金子氏は、
 「「そのうち、「インフレターゲット」論者の一部から、デフレの時期に民営化や規制緩和といった「構造改革」と組み合わせて、このインフレターゲットを実行すべきだという主張がでてきました(たとえば、若田部昌澄『改革の経済学』ダイヤモンド社)。すると、金融緩和政策がは長びくことになります。「構造改革」政策は、規制緩和によって雇用が不安定化し、歳出削減政策によって社会保障費が削減されて格差を拡大させるので、国内消費を低迷させます。つまり一方でデフレを長びかせるブレーキを踏みながら、金融緩和政策というアクセルを踏んでいれば、ずっと超低金利政策や通貨供給量を増やす量的金融緩和を続けざるをえなくなってしまうわけです。結果として、金余りがひどくなっていきます」35頁。
 などと書いている。

 これだと今般の景気の下降線や長期停滞まですべてインタゲ論者の責任になってしまいそうで簡単にいえば噴飯ものである。なぜ噴飯か。まず事実誤認が認め難い。若田部氏の『改革の経済学』では「構造改革」の積極的な提案はない。「構造改革」や「構造改革主義」的なものではなく、「改革」として新に定義している。

 これは、長期停滞の主因を需要不足としてこれにはリフレ政策(含むインフレターゲット)を割当、構造問題には「改革」が政策的に割り当てられるものである。従来の「構造改革」や「構造改革主義」が政策割当の混乱をもたらしている(=需要不足問題に構造改革で間違って対応している)、という現状認識ゆえの表記である。

 ただ時流にあわせて新しいレトリックを主張するだけの論者とはまったく異なる。

 そして「改革」とはこの場合、資源配分の効率化をもたらし、しかも若田部氏のあげている「改革」は郵政の民営化や規制緩和や企業家活動の促進などであり不況をもたらすとはとてもいえないものである。

 金子氏の上記の批判は、単に長期停滞の要因を構造的な問題と需要不足の問題とを完全にごっちゃにして理解した誤解に基づくものである(ここを参照http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080530#p2)。若田部氏の主張はそのような「ごっちゃな理解」を政策的に峻別すべきだ、という認識によるのである。

 ところでひとつ気がかりな点がある。上記の引用だと、金子氏はインタゲが金融緩和として「アクセル」になると考えているようだ? ならばなぜ彼はインタゲを支持しないのだろうか? 不思議な「新たなレトリック」である。

 構造問題主義:http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080530#p2
 金子勝経済学のレトリック:http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20061124#p2


閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)

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改革の経済学

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