モーニング娘。の経済学Ⅱ


 山形浩生さんの疑義へのお答えをいまさら書く。本当はとっくの昔に書いててもよかったのだが、基地外のコメントにアホらしくなり放っておいたもの。ところで僕の感想は、山形さんやyyasudaさんたちよりも横レス組からの提案が非常に有意義である、というものでした。そもそも最初の設例はなんか当初から「恣意的」という指摘をうけてきたが、ちょっと文献を斜め読みしてみるとそんなに悪くない例ではないか、と思うようになってきた。以下はアンチョコ名はOz Shyの産業組織論のテキスト。この本は標準的なものなので以下の例も専門家ならば常識なのだろう。先の議論ではまったく出てこなかったのが謎ともいえる。まあ、僕が先に読んでればいいのですか、そうですかw。


 さて議論を整理すると

山形の問い:なぜソロのタレントなどという不合理なものが存在し続けるのでしょうか。

 とりあえず「不合理」云々はどうでもいいので、ソロのタレントがそもそもの設例の延長としてそんなに無理なく説明できればいいということになる。つまり抱き合わせとバラ売りの両方が混在するより現実的なケースを説明できればいいことになる。これが今日の問題。


 先のエントリーを再録すると

 まず高橋愛の歌が収録されたCDと道重さゆみのCDを売る販売者がいて、他にふたりの消費者田中、池田がいる。

 田中の支払い意思額は、高橋愛CDには1200円、道重CDには1000円。池田の支払い意思額は、高橋CDには1000円、道重CDには1200円だとする。田中は高橋愛の(パフォーマンスの)方が道重さゆみよりも200円分余計にファンだと言い換えてもいいかもしれない。池田はその反対だ。そして田中の支払い意思額の合計は2200円、池田も2200円だ。


 ところで支払い意思額と実際に払った金額との差を、経済学では「消費者余剰」と読んでいる。本当は1200円払うことまでも辞さないのに、1000円で支払いがすめば、ほとんどの人は「安くて済んだラッキー」と喜ぶだろう。この喜びの大きさと考えておこう。鈴木氏は「お得感」としている。わかりやすくいいネーミングだ。


 さていま高橋CDの実際の価格が1000円、道重CDも同じ1000円だとする。これを田中と池田がそれぞれをばらばらに購入したときの「消費者余剰」=お得感はどれだけだろうか。


田中のお得感→高橋CDからは200円、道重CDからは0円

池田のお得感→高橋CDからは0円、道重CDからは200円

そして田中・池田のお得感の総額は400円であり、他方で販売者の売り上げはバラ売りなので4000円である。


さて今度は、高橋愛道重さゆみモーニング娘。が結成されてCDが売り出されたとしよう。このモーニング娘。のCDの価格は2200円になった。田中も池田も高橋愛道重さゆみのパフォーマンスにはふたりあわせて2200円まで支払い意思額があるのだからこのモーニング娘。のCDも当然に買いだ。


そうなると田中と池田のその時のお得感はそれぞれ2200−2200=0である。ふたりのお得感の総計もゼロだ。まあ、不満足なわけではないが、もう単独でのCDをそれぞれ購入したときのようなお得感はもうない。ところで注目すべきなのは販売者の売り上げだ。単独で売っていたときは総額4000円だったのが、いまや4400円になって400円も多く儲かっている。そうなのである「セット販売商品」の場合は、バラ売りのときの「お得感」がそのまま販売者の売り上げにばけてしまうのである。


 さて今度は消費者としての登場人物が三人だ。田中、池田、ダン だ。

 田中の支払い意思額は、高橋愛CDには1200円、道重CDには0円。
 池田の支払い意思額は、高橋CDには700円、道重CDには700円
 ダンの支払い意思額が、高橋CDには0円、道重CDには1200円


 このケースのとき、販売者はバラ売りと抱き合わせ販売を組み合わせたほうが、バラ売りだけ、あるいは抱き合わせだけの場合よりも、利益を得ることができることもありうる(常にそうなるわけではない)。


 バラ売りだけを販売者が行うケースは省略して、まずはセット売りだけを行うケースをみてみると、販売者はセット売りの価格を1200円にすると、三人ともこのセット売りを買ってもかまわない。そのときの販売者の売り上げは3600円だ。


 さて次にバラ売りとセット売りを組み合わせることが商売として成立するかどうか考える。まず販売者は高橋CDも道重CDもバラ売りのときの価格を1200円に設定する。さらにセット売り=モーニング娘。売りのときの価格を1400円に設定する。池田はバラ売りの場合だとどちらのCDも自分の支払い意思額を上回るので購入しない。池田はセット売りの方は購入する。田中は高橋CDを、ダンは道重CDをそれぞれ購入する。このとき、バラ売りとセット売りのときの販売者の売り上げは、3800円になる。


 セット売りの場合よりも、バラとセットを組み合わせたほうがこの販売者の利益は大きくなるのでこの販売者の選択する戦略は、バラとセット売りを組み合わせたものになる。


 もちろんこれは必ずバラ・セットの利益>セットもしくはバラだけ利益 という関係が成り立つものではなく、キーとしてはこのケースでは池田の支払い意欲額の水準が大きく影響している。池田は他の二人に比較して、モーニング娘。という商品に飛びぬけて高い評価を与えていることが、このバラ・セット売りを可能にしているといえる。


 付記すると、この山形さんや専門家のyyasuda氏になぜかほとんど評価されなかった 笑 この基本的な設例からいえることはoz shyが示唆しているように池田のように好みのバラつきが他のふたりよりも極端ではない人が登場することで、買い手のうまみがなくなってしまう、ということを意味している。


 これを一般化したのが、先のエントリーのコメント欄に登場したAdams and Yellen論文のようだが、もちろんそれを読むつもりはいまのところない。

Industrial Organization: Theory and Applications (MIT Press)

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