書評『誘惑される意志』と『世界に格差をバラまくグローバリズムを正す』


 先々週の『週刊東洋経済』と『エコノミスト』に掲載されたものの草稿。


●『誘惑される意志』(NTT出版
ジョージ・エインズリー著

 人はお酒の飲みすぎやダイエット中の過食など後で悔やむことになる行為を日常的に行っているだろう。しかし経済学の辞書には後悔の文字はない。なぜなら彼(彼女)の選択は、利用できるすべての情報をもとに合理的な決定として行われているので、そこには後悔を生み出すような意志の弱さが入り込む余地がないからだ。経済学は合理的経済人を仮定しているので、暴飲暴食や麻薬の摂取、返済する見込みのない借金などの行為を説明する際には、情報の不完全性や、または合理性の基準を弱めることなどでなんとか、これらの現象を説明してきた。


 しかし本書では、目先の小さな欲望にとらわれて将来の利益を損なうことこそが、人間の本来の姿であるという。例えば、禁煙中なのに「この1本で最後にしよう」などと理屈をつけて、その行為を重ねることで禁煙自体をおじゃんにしてしまうのが人間の本性だ。この実像を経済学に全面的に取り入れたのが本書の革新的な特色であり、まさに経済学のパラダイムを変換する可能性に満ちた野心的な著作といえよう。


 目先の欲望にとらわれてしまう人間の選択を「双曲線的割引」に基づくものとして本書では表現している。しかし双曲線的割引を行うのが普通だったとしたら誰ひとりとして貯蓄もしなければ、将来の成功のために禁欲的な努力を払わなくなるだろう。しかし実際には、私たちは意志の力でそれを克服している。誘惑に負けそうになったときに、目先の誘惑(この一杯のお酒の喜び)と近い将来における禁欲の成果(明日の二日酔いの回避)を比較して人間は物事を決めるのではない。さまざまな将来的な利益を加算して現在の誘惑に打ち勝つことを試みているという。例えば「この一杯のお酒か、長期的なアルコール中毒の回避か」、「飲みますか、人間やめますか」などという具合に。


 従来の経済学とは異なり、合理的な動機以外にも双曲線的割引に基づくさまざまな動機が個人の自我の中でせめぎ合い、その勝負を決めるものこそが意志の強さであることを本書は明らかにしている。しかも合理的な判断がつねに勝者になるわけではない。むしろ感情的な判断こそあたりまえなのである。だが、他方で長期的な利益を優先した判断を行うこと自体が、将来得ることができる利益の期待値を高めることで、この意志の強さが増強されていく、というフィードバック機構にも著者は注目している。


 アダム・スミスジョン・スチュワート・ミルはかって経済学の基礎に自己の陶冶を置いたが、百年以上の後、現代の経済学はようやくそれを科学的な根拠として採用する途についたといえよう。



●『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』
ジョセフ・E.スティグリッツ


スティグリッツ小泉政権時代に『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』を世に問い、世界的な潮流であった構造改革やデフレ偏向の中央銀行のスタンスを批判することで、日本でも大きな反響をよんだ。


 本書でもスティグリッツの舌鋒は実に鋭く、時に過激だ。米国財務省IMFを中心とする市場原理中心の改革を「ワシントン・コンセンサス」と表現し、もっぱら効率性の追求にまい進し過度に公平性を犠牲していると批判する。特に貿易の自由化と資本市場の自由化を強制することで開発途上国の人々を苦境に陥らせている。「ワシントン・コンセンサス」に基づく不公平なグローバリズムの進展は、開発途上国にとってはアメリカの利益にこそなれ、自国の経済発展に貢献することは少ないと著者は断定している。


 そして本書のワシントン・コンセンサス批判の独自性は、このような開発戦略の担い手であるIMFなどの国際的機関のコーポレートガバナンスに注目していることである。貿易自由化・資本市場自由化あるいは地球温暖化などにかかわる国際的な取り決めを行う仕組みがはなはだしく非民主的であり、開発途上国の意見が反映されず、米国中心であることに著者は厳しい。


 ワシントン・コンセンサスのような市場原理主義的な政策スキームに代わって、スティグリッツは「第三の道」を提案している。開発戦略において、政府が中心になり物的・制度的なインフラを構築し、市場が円滑に機能できる諸ルールを整備すること、また独占・寡占の弊害を防ぐために競争政策を採用することが「第三の道」の中核である。さらには産業間の調整が進む過程で、失業が深刻になれば政府が適切なマクロ経済政策で対応することも強調している。


 だが多くの国ではマクロ経済政策はうまく実行されていない。すなわち経済的停滞の中で効率性だけを追求する市場原理主義的政策がすすんでしまうと失業がさらに悪化してしまう。そして中央銀行はその性格から物価の安定に重きを置いて、雇用の確保をおろそかにしている。この点でスティグリッツは日本語版序文で書いているように今日の日本銀行の政策にもきわめて批判的であり、早急な利上げではなく雇用の十分な改善を促す金融緩和の必要を強く説いている。


 本書の主張を一言でいえば、資本主義の行き過ぎを民主化で抑制することであり、スティグリッツの「第三の道」はポスト構造改革を考える際のよい指針になるにちがいない。