ビルギット・ヴァイエ『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』(花伝社)

 1980年代、モザンビーク社会主義政権は、外貨獲得のために若者たちを当時の「兄弟国」東ドイツ期間労働者として派遣した。この作品は、遠い異邦の生活で青春を送った三人のモザンビークの若者(男二名、女一名)に焦点をあてて、それぞれの人生がどう変容し、時代の流れの中で翻弄されたかを描いている。

 彼ら&彼女たちが東ドイツにいる間、東ドイツ自体も崩壊し、統一ドイツが生まれる。またモザンビークでは激しい内戦が生じ、登場人物たちの故郷・縁故のある人々は根絶やしに近い状態になってしまう。モザンビーク政府が天引きしていた彼らの「預金」も横領されてしまい、登場人物たちはまさにドイツでもモザンビークでもその居場所を失ってしまうのだ。

 寄る辺なき人生を三者三様の人間模様で描いていくその筆致は素晴らしい。特に主人公たちの人生はそれぞれ重なっているので、三様の視点をみることができる。つまり異なる感情、異なる視点を同時にわれわれはマンガを通じて理解し、感情移入できるのだ。

 人生とはさまざまな解釈ができるものだ、ということを本作は改めて教えてくれる。

 日本でも移民問題は、「移民ネグレクト」ないしヘイト的なやり玉にしばしばあげられる。その状況も見据えながら、本作を読むことは多くのものを得ることができるだろう。

 まさに傑作である。

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

倉菌紀彦(ジュール・ヴェルヌ原作)『地底旅行』全四巻

 偏屈で狂気じみた熱情をもつ地質・鉱物学者とその甥、そしてアイスランドで雇ったガイドの三人による地球の中心を目指す地底冒険譚である。原作はSFの祖のひとり、ジュール・ヴェルヌの作品。幼少のころに読んだきりの作品だが、それでも地底湖の恐竜たちの格闘や火山からの脱出などは記憶に鮮明である。しかも後継の作品にそのモチーフが繰り返し利用されてもいる。

 本作は古典のマンガ化とはまさにこうあってほしいな、という典型である。小説をマンガ化するということは単に
文章を絵にするということ以上で、そこに原作者とは異なる幻視的能力が必要になるのかもしれない。

 抑制のきいた作品であり、地味だがお勧めである。

地底旅行 4 (ビームコミックス)

地底旅行 4 (ビームコミックス)

いしいさや『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』(講談社)

 Comic NoseとはEconomicsのアナグラムである。Kindle版で日本のマンガを読むようになってしばらくたつが、本作は単行本で購入していろんな人に貸してもよかったかもしれない。

 幼少期から思春期まで、エホバの証人の信者である母親に強く影響され、その信者として生活した少女の物語である。自伝的な要素が全面にでていて、いわゆる新興宗教の信者たちの生活を知らないし、またその考え方も理解できない人には、まるで迷宮の中をさまようような感覚になる世界が描かれている。

 家庭に無関心な父親と潔癖で信心の深い母親、そして宗教的コミュニティと“世俗”の世界両方から疎外されていると感じている少女。ときに児童虐待ではないか? と思うシーンも交えながら、そこには単純な正常・異常、善悪では割り切れない複雑な世界が描かれている。

 絵柄はシンプルなのが、さらにこの世界の複雑さを明示するのに貢献している。優れた作品である。

『モンストレス vol.1: AWAKENING』(G‐NOVELS)

 椎名ゆかりさんの訳はどの作品も読みやすく、本作のように入り組んだ作品世界を読むときには特に助けになる。ゴシック・ホラー、スチームパンク、日本的な伝奇小説的雰囲気などいろんな要素が混在化して、グロテスクな世界像を生み出している。ただしヒロインや女性陣の造形は美しく魅力的(仮面をつけてるかぎりは 笑)。

 体内にこの世からはみ出るものを抱えるヒロインそれ自身も、世界から疎外されているが、一種の貴種流離譚的な要素もあるので、今後ますます大きな仕掛けになっていくのかもしれない。

 こういう世界像は好きである。

モンストレス vol.1: AWAKENING (GーNovels)

モンストレス vol.1: AWAKENING (GーNovels)