ケインズ学会でのコメント

 本日のケインズ学会(http://keynes-society.blog.so-net.ne.jp/)でのコメントを以下に。この他に結構、時間を割いて話したのが、上田美和氏の『石橋湛山論』に関連して、「小日本主義」と「大日本主義」という従来の二分法的解釈への上田氏の反論を、僕なりに(たぶん上田氏とは異なる趣旨で)前向きに評価していることを話した。

 なぜなら、『正論』に寄稿した「石橋湛山の警告」でもふれたが、極東軍事裁判のときに、普通だと「小日本主義」と考えられる湛山が、自分からすすんで、「大日本主義」であるはずの東条らの弁護をかってでたことが、はなはだ面倒な解釈問題になるからだ(従来の研究史ではほぼ無視されてた)。

 従来の湛山の立場に関するこの二分法(小日本主義大日本主義)自体を見直すか、あるいは湛山の「小日本主義」そのものの定義を再考するかのいずれかが、僕には興味がある問題になる。あとやはり石橋湛山ケインズとの関連は、僕自身がやりたいテーマではあるなあ、と思った。

以下が今日のコメント。上に書いたことは口頭でいったのでコメント文には記載されてない。

若菜俊文報告へのコメント(ケインズ学会 2012年11月24日)

1 若菜報告の目的
石橋湛山ケインズの「基本思想」を彼らの膨大な時論から抽出する。
2 具体的な手法
石橋湛山ケインズ自由貿易論との比較、石橋湛山については、特に上田美和石橋湛山論』の解釈との差異
3 評価
3−1 報告の目的は、十分に練られたものなのか? ケインズの「基本思想」自体は自由貿易に限定し、あくまでも石橋の「基本思想」をあぶりだす役割でしかない。また石橋の「基本思想」を抽出する点では、上田の湛山論がより大きな役割を本報告ではもっている。
3−2 上記の問題のためか、「石橋湛山ケインズ」を主題にした先行研究はまったく触れられていない。
 先行研究の例
 1)八木紀一郎「極東における新自由主義石橋湛山ケインズ」『近代日本の社会経済学』(筑摩書房、1999年)。
 2)篠崎尚夫「石橋湛山−「花見酒の経済」政策思想ー」『経済思想9 日本の経済思想?』(日本経済評論社、大森郁夫編、2006年)。
3−3 ケインズとの比較でいえば、本報告は主にケインズ自由貿易論との関連が具体的である。若菜報告では、自由貿易論からのケインズの「基本思想」を以下のように整理している。
「彼の発想の基調は、経済的国家主義でもなく、グローバリズムでもなく、「諸国民経済の平和的・相互促進的経済成長と発展の路線」と、その実現条件の解明ではなかっただろうか? それは、湛山の追求した小日本主義とも共通している」。

 報告の第二章では、湛山の(ケインズ以上に揺らがないと若菜氏が評価する)自由貿易論とその小国主義との関連が論じられている。ただしケインズとの関連が議論されているのはこの第二章までで、あとは報告末尾に、ケインズとの共通点として「強靭なプラグマテイズム」の共有が天下り的に記述されている(他にも景気対策についての簡単なコメントがある)。

「表面的変化と本質的基調」という視座での石橋とケインズの比較

ケインズ (表面的変化)イギリスの不況の長期化のための保護貿易的発言の採用   ⇔  (本質的基調)自由貿易
石橋   (表面的変化)日本の高橋財政の「成功」により「表面的変化」なし    ⇔  (本質的基調)自由貿易

 若菜報告では、石橋の「基本思想」が、昭和恐慌期以降の「表面的変化」と「本質的基調」の維持をもったかの論証をしている。本報告末尾の石橋の「基本思想」の?自由貿易と?強靭なプラグマテイズムがその論証の過半の対象である。

3−4 先行研究との比較

 「石橋湛山ケインズ」の比較、さらにその自由貿易論の「表面的変化と本質的基調」に焦点をおいた研究として、八木(1999)がある。

「石橋やケインズの経済政策思想は、たしかに国民国家単位の能動的政策を推奨する点でナショナリズムと言えなくはないが、国際的な相互依存関係を軽視するものではない」(八木(1999)、110頁)。

 八木はこの観点から石橋とケインズが(ブロック経済保護貿易的傾向を避けるために)世界規模の通貨管理の国際的機構を志向したとする。石橋の同構想は早く1930年代前半には抱懐していたというのが八木の指摘。

 若菜報告には、石橋とケインズが共有していた、この世界規模の通貨管理を行う国際的機構という方向への注目はない(ケインズの「国際清算同盟案」についての指摘はある)。しかし他方で、八木よりも石橋とケインズ自由貿易論を詳述したことにその意義があるのではないか。

4 気になる点〈多いが1,2点だけ〉

前半の石橋とケインズとの比較に絞る方がわかりやすい、後半の上田論批判が大きなウェイトをしめるが、その批判も理由が不十分な個所が多い。
「(石橋が)ケインズ理論をいち早く日本に紹介」⇒誤解。英語文献そのものでなければ、ケインズの翻訳とその紹介は、高島佐一郎が、『インドの通貨と金融』(1913年)の部分訳を自著『貨幣及物価の原理』(1915年)に収録。石橋のケインズ紹介は、『平和の経済的帰結』(1919年)を『週刊東洋経済』誌上で1920年に。

石橋湛山論―言論と行動

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