『マーガレット・サッチャー』

 正直微妙な作品。老人性痴ほう症に直面している理知的な女性の「幻覚」との闘いなのか、それともサッチャーとしての半生を描きたいのか。バランス的には前者に傾斜している印象が強い。後者の描きこみがとても不足して感じた。

 政治ドラマ的なものを期待すると肩透かしをくう作品ではないかと思う。夫や娘との関係はかなり掘り下げているが、メリル・ストリープの事実上のひとり芝居である。これが劇中のサッチャーの生涯を貫いた「孤独」というか「孤高」を描写するのに成功していたかどうかは、いまも書いたがかなり難しいものになった。

 もう少し期待したんだが。

 ただ冒頭に描かれた、現在のロンドンの町中で老サッチャーが家から抜け出し、ミルクを買いにコンビニにいく風景が面白い。いまのロンドンの変貌を一瞬で描いている。

鈴木亘さんの『週刊ポスト』の記事への抗議

鈴木亘さんがご自身のブログで『週刊ポスト』の記事について批判を行っている。

西成特区シンポ:週刊ポストのねつ造記事を批判する
冒頭部分を引用してご紹介。

週刊ポスト2012年9月14日号p148に、「橋下肝いり「西成特区構想」危うし! 西成特区構想のシンポジウムで「意味ないやろ」とヤジ怒号飛ぶ」という記事が掲載された。本日からネット上でも読めるようになった。
http://www.news-postseven.com/archives/20120904_140824.html

これは、全くひどい「ねつ造記事」である。

橋下徹氏関係の記事は、とにかく批判をすれば売れる。西成関係の記事も「西成、あいりん、釜ヶ崎、おー怖ぁ!」とばかりに、悪く書けば書くほど売れるらしい。地元の西成区住民はどれほどそういった風評被害の犠牲になっていることか。週刊ポストは、売るためには、裏とりもせず、「売らんかな」。何でもするというスタンスなのであろうか。

橋下さんは、「それが、週刊誌ですから」と私に笑っておっしゃられたが、それにしてもむご過ぎする。私は週刊誌だからねつ造が許されるという事実を許せない。それを信じて騒ぐ西成区のことを何も知らない輩が多いからだ。

タイトルの「意味ないやろ」も含め、住民からあったとされる下記の発言は、この間、ずっと壇上にいた私は、住民のマイクを通した発言として、全く聞いていない。これらは、驚くべきことに、すべて記者の妄想である。

西成地区の改革については鈴木さんのブログでもリンク先が丁寧に貼られているので必要な資料を得ることが可能である。また鈴木さんの西成地区の改革については、このエントリーで紹介した書籍の中でもわかりやすく触れられている。

ところで『週刊ポスト』の記者の鵜飼克郎氏は、鈴木さんのブログでは「東京から来た何も知らない週刊ポストの記者は、「柄の悪い」言い回しにびっくりしたのかもしれない。しかし、柄が悪い言い回しは、この地域のごあいきょうなので仕方がない」とあり、東京から来たとある。僕の知っている範囲では、この鵜飼氏は関西を中心にした『週刊ポスト』と契約されている記者の方らしい。いくら橋下市長の話題で注目を集められてもなかなか東京から記者を派遣するコストはあまりかけられないのが昨今のマスコミの事情ではないだろうか。またかなりのベテランらしいとも聞いている。

鈴木さんの西成での取り組みは大変な仕事なので、その負担が減るためにも、マスコミとの意思の疎通がうまくいくことを願っている。

NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃

NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃

飯田泰之&雨宮処凛『脱貧困の経済学』(ちくま文庫)

 ちくま文庫の仲間入りでまずはおめでたいことです。といってもまだ発売前なので手にしてません(笑)。以前の単行本のときはろくなコメントをしてないことに気が付き、当時よりもいま現在の方が、より重要な著作だと思いここでご紹介。なぜ重要かというと、一部の心無い(本当に空っぽだと思うが)人たちの生活保護バッシングをみるにつけ、日本の貧困問題へのいわれなき罵倒が目立つからだ。

 さて本書は09年9月に初版だから、世界経済危機後一年後に出ていて、ちょうどいまから三年前だ。最初に言い切りたいが、僕が読んできた対談本の中でも屈指の出来だと思う。

 飯田泰之さんは経済学者で、雨宮処凛さんは作家で社会運動家的な側面が強い。雨宮さんは当時、プレカリアート運動でも著名だった。なんとなく水と油的なイメージがあるが、本書の対談はかなりかみ合ってて面白い。ただだいぶ編集の手が入っている印象もある。なぜなら同時期に、雨宮さんが佐高信氏と対談したときの印象が、本書のとはまったく異なるからだ。ここらへんの編集の位置づけもどうなっていたのか実に興味深い。できれば生のままごろっと出してもらったほうが二度読みしている僕には興味深いのだが(笑)。

 多少箇条書きになってしまうが、本書の興味深い点を第一章に絞ってお伝えしよう。残りは同書を手にとられよ。

 第一章は日本の貧困の原因についての分析。貧困の原因といわれている通説(国際競争で賃金が切り下がり中国並み仮説、デジタル・デバイド仮説<機械が労働を奪う>、景気や経済成長の不足説)を検討していく。

 国際競争説…日本の雇用が喪失したり、海外に製造業が移転したりするのは、為替レートが過度に円高にふれてるため。『1ドル110円台が常となれば、日本企業は中国から総撤退すると思います」と飯田さん。

 規制緩和の効果について…派遣労働の規制緩和小泉政権が元凶ではない。すでに派遣労働への需要が企業側にあったものの後追い。この点は重要なので飯田さんの発言を引用しておこう。

「企業は94年あたりから正社員採用をかなり抑制していました。で、いよいよ人間が足りなくなってしまったんです。では、正社員を雇うか、というと、景気がこの先どうなるかわからない。じゃあ切りやすい労働力を入れよう、と、まさに雇用柔軟型への要請があったんですね。ただ、このとき派遣規制の緩和がなかったとしても、はたして企業は正社員を雇っただろうか? 重要なポイントとして、もしかして企業が外国に移転しちゃったんじゃないか、というのがあると思うんです」

 企業の読みはあたり一段の景況悪化(デフレ、円高)⇒より規制緩和への原動力。つまりデフレと円高の放置が、規制緩和を企業レベルで推進してしまった(同時に国内の失業や雇用環境の悪化をもたらしていく)。

デジタル・デバイト仮説…飯田さんはこちらの方を長期的に懸念。日本は高卒が多い。単純労働に行ってしまう。雇用がなくなるか、あるいは待遇が極端に切り下げられるか。

  最低賃金規制⇒日雇い派遣、零細企業ほとんど守らない&大企業への「課税」と同じ、やはり大企業の国外流出&機械の導入

 ワーキングプアを救済する方法……負の所得税的な設計。家賃補助(雨宮)。
 日本の奇怪な再分配……再分配前と後で日本は不平等度がほとんど変わらない。20代の貧困率は再分配後の方が悪化する。飯田さんの相続税増税の主張。ここらへんは先日の鈴木亘氏の主張を共鳴しているだろう。

 ところで以下の飯田さんの「国にとっての本当の「貧乏人」の範囲」論とでもいうべきものは面白い。

「ざっくり計算すると、日本の場合、年収1000万円以下の人までは、自分が思っているほど国家財政に貢献してないんですよ。国と地方を合わせた日本の税収は約85兆円です。それを日本の世帯数である5000万で割ると170万円。税を170万円以上払っているのは、だいたい収入1000万円以上の世帯です。仮に所得を全部消費に使ったとしても、消費税と所得税込みで170万円払うのは収入1000万円以上なんです。なのに実際には、700〜800万円どころか、(日本の中流層である)年収600万円の人が「税金を払い過ぎている金持ち」だと思って、小泉改革路線に賛同し、貧乏人を放置させようとしている。橋本内閣以降、そして小泉路線の想定した「税金を払い過ぎている金持ち」は年収1000万円以上、それ以下は税金を納めない「貧乏人」なんです」

 この発言を基にすると昨今の主にネトウヨ系の人たちの心無い生活保護などへの「寄生」呼ばわり的な発言は、よくよく自分たちの本当の位置を考えてみるべきなのかもしれない(というかそういう感情的叫び自体やめるべきだと思うが)。

 この飯田さんの発言をうけた雨宮さんの次の発言はナイス

「雨宮 国が「貧乏人」と見なすのは年収1000万円以下、というのはとつてもいいことですね(笑)。プレカリアートと正社員層の連帯にとっても」。

 ほかにも本書は小ネタ、大ネタがいっぱいで、雨宮氏をよき生徒として、飯田経済学のオンパレードであり、今日の彼の活躍の最初期の重要著作であることは間違いないだろう。ぜひ文庫化を契機として多くの人に読んでもらいたい。

脱貧困の経済学 (ちくま文庫)

脱貧困の経済学 (ちくま文庫)