イベント名称プチ変更:『正論』Night! 前仙台市長梅原克彦さんと勝手に復興会議

上念司さんのトークイベント、題名がプチ変わりましたのであらためてお知らせ。僕も行きます。上念さんのイベントは毎回そうですが観客が特別ゲスト級の人が多いのが特徴。今回もその意味でも期待大。

経済評論家 上念司 プロデュース
『正論』Night!
仙台市梅原克彦さんと勝手に復興会議

政府の無策で遅々として進まない復興事業。もう黙ってみ​てられない。
増税ばかりのアホな復興会議にはもう任せられない。
仙台市長の梅原克彦氏をお招きし、被災地のために必要​な政策をタブーを恐れず大胆に提案すると同時に、聴衆の​みなさんとも議論をしてよりよいプランを検討したいと思​います。今こそ国民の声を震災復興へ!

【出演】
上念司(経済評論家)
梅原克彦(前仙台市長)
ゲスト 倉山満(憲政史研究家、国士舘大学講師)

OPEN18:30 / START19:30
前売¥1,500/当日1,800(共に飲食代別)

※ご予約はネイキッドロフトweb&電話で受付中
電話→03-3205-1556(16:30〜24:0​0)
web→http://www.loft-prj.co.jp/​naked/reservation/

ほぼ視聴数2000、震災増税2011、日本は二度死ぬ(動画)

 Go live wireさんでのトークライブの視聴者数が2000に到達しそうです。ありがとうございます。やはり何度も書きますが、不況が深刻な中でもなにがなんでも増税。官僚のいうことしか聞かない政府。そしてなにがなんでも増税を支持する御用学者や御用エコノミストの群れに、危機感を共有している方々が多いのだと思います。次回は9月と聞いています。

http://www.ustream.tv/recorded/16189049

http://www.ustream.tv/recorded/16191654

その前に先日お知らせした『震災恐慌!』の共著者上念司さんのトークライブがあります。ぜひみなさんと直接議論したり質疑応答をかわしていきたいと思います。それがこの種のライブの醍醐味です。

ルビコン河を渡るには、どこがルビコン河なのか知っていなければならない(?):稲葉振一郎「震災/原発事故後の「政治」」

 時論を若いうちからやることは研究者としては自ら死刑宣告を告げるようなものだと思う。例えば、僕は週刊誌の取材も喜んでうけるのだが、いまから10年前にある(学界ではそこそこ権威のある)老教授は、僕のコメントが掲載してある雑誌をみて、「こんなポルノまがいの雑誌に載るのか」と吐いて捨てるようにいった(なかなか本人=僕の前でいうのですからこの老教授の気骨を誉めるべきでしょうね)。

 まあ、確かに(吊革広告にあるような)日本の週刊誌はポルノぽい写真も掲載されているが、それでも時事的なテーマを見る上では非常に意義のある媒体だと思う。ちなみに僕はそんな週刊誌の世界が大好きであるw。それに時論を書く、特に書き続けることには特有のスキルと経験が必要だと思う。これは日本のような税金を分捕ることが学者としての使命みたいな世界ではまったく無視されているけれども、時論もあるいは本格的な研究でもマーケットでモノになることは、僕には税金を分捕ることで評価されることよりも格段に素晴らしいことだと思っている(それに税金=文科省のなんたら研究費などを利用しないということは経済的にもいいことじゃないだろうか?)。まあ、いつものことでだいたい経験と知識のない人ほどマーケットで活動が続くことを軽視しがちだと思う。

 ちょっと話題がずれたが、10数年前に時論を本格的に書くつもりになったときの環境は、上の老教授みたいな人がわりとまわりに多かった。いまはほとんどいないんだけど、それは僕がそういうザ・老教授の世界から離れているだけで、ザ・老教授の世界はきっといまも世界のどこかでず〜っと続いてると思う(でしょ? 笑。 そういう世界の中では、時論を書く、しかも書き続けることは、10数年前の僕には「ルビコン河を渡る」みたいな覚悟がいた。

 ところが10数年たって気がついたことは、やはりそんな「ルビコン河を渡る」なんて決意はかなり大げさだったし、あのときは(そして今もだけど)どこがルビコン河なのかわからないってことだ。かっこよくいえば(本当にぜんぜんかっこなんかいいはずもないw)、ずっとルビコンを渡る「賭け」をし続けているともいえるけど、やはり実感としてはどこが本当の正真正銘の賭けを行うルビコン河なのかまったくわからないことだ。ひょっとしたらもうとっくに自分でできる最善の賭けは気がつかないうちに終わってしまっているのかもしれないし、あるいはまだ先に待っているのかもしれない。できれば、「これがルビコンだ、さあ、渡れ」と教えてくれる人がいればいいんだけど、どうもそう親切に人生はできていないようだ。でもそれは時論を書くということだけではなくすべてにおいて人生はまあ、そうだといえばいえるのかもしれない。

 たぶん僕が主に相手をしているのが、20年もちんたらゆっくりと続いている大停滞であり、リーマンショックや大震災やいまのアメリカ発といわれるwデフォルト契機の円高直後の誰がみてもわかる激しいどか〜んとした現象(もちろんこれも含んでるけど)じゃないからなのかもしれない。

 そんなことを稲葉さんの次の記述をみて思った。

その度合を正確に見積もり、今後の動向に対して可能なかぎり正確な予想を立てよう、と普通の誠実な科学者の多くは考える。しかし現時点においては事態はまさに進行中なのであり、分野によっては充分に正確なデータなど望むべくもない。不十分なデータをもとにした推論は、たとえ最大限誠実に厳密に行われたとしても、多数の論者のあいだでの食い違いを生み出さざるを得ない。そのような状況下では、学者もまた自ら政治的責任を引き受けて「賭ける」しかない。

 いまの話の延長でいくと、僕にはなんだか10数年前の自分の考えを読んでいるような遠い感じがする。 

『環』(藤原書店)東日本大震災特集

 東日本大震災を現地の人たちの声、知事を含めた対談、詩人の声、歴史家から政策研究者まで幅広い分野の執筆陣に寄稿や発言をもとめた骨太の内容です。

 ほかにはクラコワ他の「中国、グローバル大国の条件」やリレー連載の「日米関係の核心は中国問題である」など、興味深い論説の寄稿があります。住谷一彦先生の寄稿もあり嬉しいかぎり。

『震災復興 後藤新平の120日』

 後藤新平関東大震災のときにいかに考え、いかに行動したか。当時の後藤新平についての記録を整理し、大震災翌日の内務大臣任命からの120日に焦点をあててた編集(後藤新平研究会)のセンスが光る好著である。この120日は虎の門事件による山本内閣の瓦解によって区切られるのだが、同時に僕の調査したかぎりでもまさに後藤の退場と同時に当時のマスメディアの多くは震災への関心を失った(記事が急減する)。日本人は忘れやすい国民だ。だが後藤新平高橋是清とともに何度も現代の日本で語られ続けてもいる。この忘却と想起のバランスがどのような教訓をわれわれに与えるだろうか?

 さて後藤は大臣任命直後にすでに予算規模30億円の巨額で、「欧米最新の都市計画」を採用すべし、と復興政策を独力で案出している。しかも9月4日にはさらにその案は具体性をもつ。今日でも意義があるので下に後藤が9月6日に閣議に提出した「帝都復興の議」の要点を書く。

1)帝都復興の計画および執行の事務をとらせるために新たに独立の機関を設けること
2)帝都復興に必要な経費は原則として国費をもって支弁すること。しかしこれに充当する財源は長期の内外債によること
3)罹災地域の土地は公債を発行してこれを買収し、土地の整理を実行した上で必要に応じてさらに適当公平にその売却または貸し付けを為すこと。

これをみても今日の増税論者(もちろんここで書いたように当時もいまも政治的主流派だった)のような短期の増税案ではなく、「長期の国債」での復興費用の支弁であった。

しかもこの本を読むと、なぜ後藤が「失敗」(=予算の大幅削減にある)をこうむったのかもわかる。それは当時の井上大蔵大臣と後藤の考えの違いに求められる。つまり井上はいまの増税派と同じように国債発行して復興予算を調達し、それを非常に短期で償還しようとした。そのためその公債利払いなどに充当する財源として剰余金に注目し、この剰余金の額がきわめて制約の大きいものだった(裏面で井上はデフレの継続=公債利子率の低位を目指していたと思われる)。単純に言うと短期で莫大な国債返済を目指すには返済のための資金である剰余金の金額が足りなかった。(井上が)短期返済にこだわり、かつ剰余金の金額に制約されたために、結果として復興予算の額が後藤案よりも著しく過小になってしまったのだ。

この井上準之助蔵相は後に昭和恐慌の引き金を引く。すでにこの大震災時にも、そのあまりにも均衡財政的な発想が、後藤のような大乗政治の実現を妨げていたのだろう。後藤は昭和恐慌のときにはすでにいないが、この大震災のときに後の昭和恐慌の引き金をひく財政的イデオロギーは顕示されていたのだ。

震災復興 後藤新平の120日 (後藤新平の全仕事)

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震災恐慌!?経済無策で恐慌がくる!

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