大竹文雄『格差と希望』

 いまさらだけども原稿書くためちょっと前に読了。非常にわかりやすい労働問題を含む時論展望。

 ただ「若年層の格差拡大の原因は既存社員の既得権」それゆえその既得権を解消することが格差を解消する手段。という大竹氏の見解にはもちろん反対(理由は何度も書いたので、とりあえずここを参照)。

 ところで格差解消のもうひとつのキーである公教育について本書はさまざまな視点から書かれていて参考になる。そこでもやはり既得権層(教育については高齢者層)の抵抗を解消する必要がでてくる。高齢者は教育費を充実させるよりも年金・医療の充実を求め、しかも高齢者の方が投票率も高く政治的な影響力が強い。しかも欧米でも高齢者の比率が高いと学生一人当たりの公的教育費が低下する傾向が実証されているとのこと。日本でも90年代から高齢化を背景にこの傾向が拡大。大竹氏は「若者の教育レベルがあがって、日本の経済が成長することが、年金や医療の充実につながり、結局は高齢者にとつても得なのだから」と指摘している。

 あとワーカホリック対策として、残業をなくすために、ノー残業デー厳守、照明・パソコンの電源を切るとか、残業の届出をしないかぎりは会社に残ることを禁ずるという方法も有効としている。でもたぶん照明消して、暗闇の中で充電電池でパソコンうち、残業申請してなければ自宅でやるかもね。もうひとつは部下の健康状況と管理職の評価をリンクさせるというもの。しかしこれも考えもので中年以降(いや30代前半でも)になればみんなわかると思うけれども完全な健康状況なんて一種の幻想でしょ? それこそロス・ジェネ世代の中途採用の障害になるかもしれない(入社時に遺伝情報も含めた健康情報の提出を求めるようになる可能性だってある)。まあ、ここらへんはただ単なる感想であってこういうふうに批判的に突っ込みをいれて読むことができるのも労働関係の高水準な本の特徴でもある。面白くないとすぐ僕は本を捨てる(正確には本棚のおくにしまう)けれども、大竹氏の本はいつも手元か本棚の最前列。

格差と希望―誰が損をしているか?

格差と希望―誰が損をしているか?

ロイター論説:岡田靖「米金融危機、最悪ケースでは現金への逃避現象健在化へ」

 岡田さんの論説。さすがに90年代の金融危機を現場で直接みてこられただけあって勉強になります。

 http://special.reuters.co.jp/contents/insight/index_article.html?storyID=2008-09-17T042910Z_01_TK0163419_RTRIDST_0_ZHAESMA04367.XML
 
 テイラールールが金融危機では妥当しない利下げの余地の指摘や、モグラ叩きの危機における政府の出番の重要性、最後はひょっとしたら流動性の罠に陥る可能性を示唆しているように思えます。今日は利下げはしませんでしたが選択肢としては重要性を一段と高めるのでしょう。

AIG救済

 FRBのプレス向け声明
 http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/other/20080916a.htm

 :The Board determined that, in current circumstances, a disorderly failure of AIG could add to already significant levels of financial market fragility and lead to substantially higher borrowing costs, reduced household wealth, and materially weaker economic performance.

The purpose of this liquidity facility is to assist AIG in meeting its obligations as they come due. This loan will facilitate a process under which AIG will sell certain of its businesses in an orderly manner, with the least possible disruption to the overall economy. :

 下にも書いたけれども「ダブルスタンダード」とか「市場の失敗がない」とかその手のミクロ面の話は、「深刻な流動性の不足」の前では、僕は重視する必要がないと思いますね。問題はむしろこの後で、日本でもりそな救済以後の竹中大臣(当時)の主導による規制の歪みの方がまずかったわけで(参照:野口旭『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』)、今回も今後の規制がらみが気になるところ。

小林慶一郎「経済教室」論説を読む

 ほとんど僕とは真逆の立ち位置なのであえてご紹介。(小林)とあるところが小林氏の主張。→以降はそれに対するコメント。

 (小林)1990年代から2002年代までの不況は「なんらかの構造要因」での消費・投資の低迷→「なんらか」が特定できないのであれば構造要因だか循環的要因だかもわかりません。小林氏はわかるのでしょうか? なお小林氏の上記期間に関する不況論への批判は『構造改革論の誤解』(野口・田中)参照。

 (小林)現在の景気悪化要因は「国内」ではなく「海外」からの供給ショック → 一見するといまの「雰囲気」を体現しているようですが、例えば同じ「経済教室」での高橋洋一論説を思い出してみますと、内閣府景気動向指数をみると06年中の政策的なミス(定率減税の廃止、量的緩和の解除・ゼロ金利解除、政府・日銀の経済見通しの漸次下方修正による市場への誤ったシグナルの継続など)が現状を招いている可能性を示唆しています。もちろん資源・食料高での海外への所得移転が拡大したことは否定しませんが、下にも書きましたがデフレ下での不況の深化を招いたといえるだけです。

 (小林)インフレ+不況のスタグフレーションの可能性 → むしろ国内での上記したデフレ継続(より悪化)に、「海外要因」であ石油・食料品価格の高騰がさらに消費を圧迫した、と考えるのがいいでしょう。教科書的なスタグフレーションではないでしょう。

 (小林)スタグフレーションでの日本経済の説明 → 図表も使われた簡潔な説明ですが、すでに書いたようにスタグフレーションではないとおもいますので、不況を緩和する財政・金融政策を発動してもインフレは激しくはならず、適正なマクロ経済ポリシーミックスによって人々の懐が暖かくなり、供給ショックが一時的・長期的問わず、国民生活を改善していく効果があるでしょう。なお海外からの今回のショックが「全治三年」だそうですが、日本が安定的な名目経済成長率を達成するのにもそれぐらいは最低必要でしょうからこの供給ショックは小林氏の見積もりに乗っても和らげることができるでしょう。

 (小林)資源・食料品の高騰が「半永久的」に続くときは代替エネルギー・代替食料品の開発必要 →異論はありません。

 (小林)資源・食料品の高騰が「一時的」な投機的要因のときは供給構造補正をねらう財政政策(現時点の補助金、将来時点の増税) → 一時的か否かの判定が難しいというのは小林氏の指摘の通りです。ただこの現時点の補助金ー将来時点の増税こそ(話の前提で違うのでやむえない差ですが 笑)まさに「バラマキ」でしょう。

 (小林)「非ケインズ効果」(政府債務が巨額で財政破綻を懸念して財政出動が市場不安・長期金利上昇、景気のさらなる悪化)の存在 → もう財政出動は首相の違いによらず、また政権の違いによらず既成事実ですが、現状で財政破綻を懸念するように長期金利は上昇しているでしょうか?(財政出動が政治的に確定してから下がり基調ですが?) それとも市場は政治記事がある新聞も読まない暢気な雰囲気なのでしょうか。もし100歩譲って(譲る必要はないのですが)そんなに財政破綻が心配ならば、事実上の構造改革とワンセットである埋蔵金の利用を薦めます。

 (小林)賃金上昇してないので、現在の日本は需要不足が再拡大 → ん〜〜! 理解ができなくなったのですが、確か供給ショックでスタグフレーション(インフレ+不況)という話でしたよね? でもいま需要不足が再び拡大していっている???? 

 (小林)「真性のスタグフレーション」を回避するため、労働分配率を上げて家計の取り分を上昇させるために、ミクロの労働政策として労働者(非正規雇用労働者)の賃金交渉力を高める制度改革が必要 → ん〜〜〜! ますますわかんないです。小林氏の説明ですと賃金上昇が製品価格の上昇に転嫁しそれがまた賃金を上昇させると「真性のスタグフレーション」になる、ということですね? でも労働者の賃金交渉力をあげたらその賃上げ分を経営者は製品価格の上昇に転嫁してしまいまさに小林氏のおっしゃる「真性スタグフレーション」になる可能性が強まるのでは? 
 ちなみに僕の方はスタグフレーションは真性も仮性?も関係ないので、需要不足の解消には(労働者の法的対応を伴う交渉力の強化は賛成できませんが、他方で低下も賛成できません、というかそれにはコミットしなくても)所得の増加が大いに貢献すると理解してます。

 (小林)中小企業の保護政策が必要。「セーフティネット融資」など → これについては三日前のエントリー参照ください。

  最後の段落はいままでのまとめと小林氏の展望の繰り返しなので省略します。

(AIG問題)アメリカが“!*#\”£$%&?!!!”なら日本は“qあwせdrftgyふじこlp”だが、それでいいのでは?

 http://economistsview.typepad.com/economistsview/2008/09/post.htmlより

 Willem Buiter先生語る

 :My first reaction to these stories was !*#\”£$%&?!!! ……But before any money is lent by the Fed to AIG, even on the conditions outlined above, I would like to have the social cost-benefit analysis of this proposed transaction explained to me. Where is the market failure? Where are the systemic externalities associated with requiring AIG to sink or swim on its own? If the Fed were to provide funding to AIG, then, unless a convincing public interest/social welfare case is made (and I have not seen a single sensible argument in support of such an act), I would have to conclude that the political economy of the US had become one of crony capitalism and socialism for the rich and the well-connected.:

 あとで付記しますけれども、リーマンの破綻でどうみてもかなりの「流動性の不足」が起きている状況では、Fedの対応はやむをえないものといえるのではないでしょうか? 本格的な米政府よる救済に至るのかはいまこれを書いている段階では不明ですが(しそうだという憶測が流れていますけども)。日本の21世紀初頭のりそな救済のケースをみれば、あのケースでも市場の失敗が存在したのか、といえば明確にノーでしょう。しかしりそな救済が一つの契機となって市場が好転していく(それに加えて量的緩和や円安介入、輸出の増進など好運が重なったこともあり)契機だったことは否定できないことでしょう。qあwせdrftgyふじこlpかもしれませんが、日本のこちらのほうの「教訓」を参考にしたらいいのではないかと思います。深刻なマクロ的な金融危機の前には、ミクロ的な非効率性には目をつぶる、という金融版のケインズ政策です(穴掘って埋めるタイプ)。